ヤマトへ向かってきていた当面のガミラス攻撃機編隊を撃破したブラックタイガーの加藤隊と山本隊8機は、引き続きヤマト真針路11時方向水平面を中心に左右に分かれて敵機動艦隊を捜索していたが、1万5,000宇宙キロを超えても何も発見できず航続時間の問題もありパイロット達の間には焦りが大きくなっていた。
『山本。 そっちはどうだ?』
「未だ何も発見できません!」
〈くそっ! そろそろ進出距離の限界だ。 復路に期待するしかないか?〉
「ん!」
一瞬レーダーに反応があったように感じた山本はレーダー画面を注意して見続けるが何も反応がない。
気のせいかとも思いながらバーニア操作により機体を若干左右に振ってみると微かに画面隅に反応が見え隠れする。
「こちら山本機! 敵艦隊発見! ヤマトより真針路10時半上方5度1万7,500宇宙キロ!」
「これより接近して確認します!」
『こちら加藤! 山本隊の支援に向かいます!』
敵艦隊へ1,800宇宙キロまで接近したところでレーダーに詳細な情報が映り、艦載機発艦中と思われる小型の反応が複数現れている大型艦の反応が捕らえられた。
「敵大型宙母確認! 艦載機発進中!! 直ちに攻撃します!!」
『山本! 我々が合流するまで待て!』
敵航宙母艦から発艦している航宙機は行動パターンから明らかに迎撃用の直援機ではなくヤマトへ向かう攻撃機と思われ、このまま発艦を続けさせるわけにはいかない。
「大規模な攻撃隊が発艦中! 待てません!! 全機突撃せよ!」
『了解!!』
奇襲に成功した山本機を先頭に4機のF-96Bコスモタイガー改は、無数に向かってくる対宙火器の射線を掻い潜り敵航宙母艦へ急速に接近すると、敵艦中央部の艦載機発進口へ集中して対艦ミサイルによる肉迫攻撃を敢行する。
『こちら加藤! 後3分で到着する! もう少しだ!』
「くそっ! 戦闘機だ! 全機対宙戦闘!」
左舷側の発進口を破壊したところで既に発艦していた戦闘機と思われる敵航宙機の一部がブラックタイガー山本隊に向かってきており右舷側に対する攻撃の続行が難しくなっているが、ブラックタイガー隊の対艦攻撃が緩めば更に航宙機が発艦してしまうジレンマに陥る・・・
〈対艦ミサイルは撃ちつくした・・・ 何か方法はないのか?!〉
多数の敵機との激しい戦闘に巻き込まれ、搭乗員用耐圧服を着ていてさえブラックアウトするほどの高Gに耐えて回避機動を行いながら山本は必死に血流の減って霞む頭を回転させるが、簡単に妙案が浮かぶはずもなく貴重な時間だけが足早に過ぎ去っていく。
〈加藤隊の到着を待っていたら宙域はガミラス機で埋まってしまう・・・〉
「くっ! くそっ!」
敵ミサイルの破片を3個の赤い国籍と29個のガ軍キルマークが描かれた右翼へ受けた山本は、コントロール不能へ陥りつつある愛機を何とか騙しながら全力噴射でガミラス機を振り切り敵航宙母艦へ肉薄していくと、機体に残った97式対航宙機ミサイルを全弾連続発射しながら限界速度のまま真っ直ぐに右舷発進口への突入体勢に入っていった。
『山本さん!!』
「玲。 すまんな・・・ もう機体が止まらんよ・・・」
〈なぁ・・・ もう、この辺でいいだろう・・・?〉
多数の護衛艦と目前に迫った敵航宙母艦から猛烈に浴びせかけられる対宙射撃に明るく照らし出されたコックピットでは、スロットルを非常ブースト一杯にまで押し込み激しく振動するスティックを両手で握っていた山本が、突然それまでの激しい緊張から開放された優しげな表情を自身の中の妹の笑顔へ向けると、眠るように静かに目を閉じていった・・・
『山本ぉ〜!! 何をしている、脱出しろ! これは命令だ!!』
「加藤さん・・・」
現実世界へ引き戻すヘルメット内に響き渡る激しい怒号を受けて我に返った山本に、加藤の血を吐くような激しい剣幕の叱咤が続けて突き刺さるように飛び込んでくる。
『俺たちに勝手に死ぬ権利はない! 地球の人たちは、俺たちに命を託しているんだ。
最期の最期まで生きる努力を捨てるな!! 山本ぉ〜! 生きるんだ!!』
「隊長・・・ そうですね・・・」
真っ直ぐ全力突入を続ける機体の軌道に影響を与えないようにキャノピーを手動で開きコックピットより這い出した山本は、射出座席のヘッド部を掴むと機体と並行するように静かに後方へ向けて体を躍らせる。
ゆっくりと機体後部へと流れた山本は、両腕で頭を庇いながら丸まった身体が二枚の垂直尾翼の間を通ると、全力噴射を続ける後方のエンジン噴流に巻き込まれ一瞬で彼方の闇の中へと消え去っていく。
パイロットの脱出により無人となったコスモタイガー改の突入で、対艦装備満載で発進口内に待機していたガミラス攻撃機が次々に誘爆を起こし、巨大な炎に包まれたガミラス大型戦闘航宙母艦は航宙機作戦能力を失い攻撃力を喪失していく。
「加藤隊全機! 敵宙母に止めを刺すんだ!」
『了解!!』
* * * * * * * * * * * *
『こちらブラックタイガー加藤! 山本隊が敵航宙母艦を撃破しました!』
次々とガミラス側の罠に捕らえれてて危機的状況へ陥っていくヤマトへ、ブラックタイガー隊の加藤隊長より敵機動艦隊への攻撃成功を知らせる通信が入り、重苦しい雰囲気の第一艦橋の将兵にも幾分明るさが戻ってくる。
〈これで、これ以上の航宙機攻撃はない・・・〉
ブラックタイガー隊の航宙母艦撃破に一瞬緩んだ第一艦橋へ被弾の衝撃が走る。
「艦底部に至近弾!」
「被害状況を知らせろ!」
航宙機攻撃の危険がなくなったとはいっても依然として、ヤマトの射程外から砲艦の砲撃を受けていることに変わりはなく、ヤマトは一方的に損害を受け続けていた。
「第三艦橋との接合部が損傷。 乗員が閉じ込められています」
「何! 酸素は?」
「はい。 今のところは大丈夫です」
どうやら損害は気密が破られるような重大なものではないようだが、エレベーターシャフトの通っている接合部しか連絡手段のない第三艦橋の被害に古代は応急作業班の出動を命じる。
「直ちに救助班を向かわせろ! 第三艦橋と連絡を取る」
「繋ぎます!」
相原通信士の操作により予備の艦内非常通信網が繋がり、間近に訪れた突然の被害に混乱した第三艦橋からの生の音声が入ってくる。
『・・・ エレベーターシャフトが塞がっているようです・・・』
「こちら艦長代理古代だ! 第三艦橋聞こえるか?」
『・・・ こちら第三艦橋、安藤です。 閉じ込められました。
負傷者もいます、早く医療班を・・・』
「安藤一尉。 今、救助隊が向かっている。 もう少し頑張ってくれ!」
一刻を争う緊急性はないと判断した古代は救助を応急作業班に任せて、当面の優先する問題である砲艦を含む敵艦隊の対応に意識を集中する。
「島! ワープは可能か?」
「波動砲用にエネルギー充填は十分だから航路計算だけだが?」
「艦長代理! どのみち反応を探知されるから小ワープでの接近戦は無理だ!」
古代の作戦に真田技師長は当然の反論を行うが、古代は落ち着いて作戦の説明を続ける。
「真田さん。 反転して後方に向けて小ワープすると見せ掛ければ・・・」
「そうか、敵は反応して慌てて前進してくるか・・・ そこを波動砲だな!?」
古代は真田技師長の言葉に頷くと、続いて第一艦橋のクルーを一人ひとり見渡し作戦を理解したか確認を取っていく。
「よし! 180度反転ようそろー」
『波動エンジン再充填95%』
『全艦波動砲発射態勢! 全艦波動砲発射態勢! 同時に緊急機動に備えよ!』
艦内には波動砲発射と緊急機動の警報が合せて流され続け、総員が不足する人員を補うように各部署を駆け回りながら全力で任務を遂行していく。
「ワープ用空間探知レーダー作動! 目標6時方向5万宇宙キロ」
「艦首が敵艦隊の死角に入ったら波動フィールド収束モードで再生成!」
「艦首波動フィールド。 収束モードへ」
徐々にヤマトの艦首が廻り、波動砲口が敵艦隊の死角へ入っていく。
「敵艦隊に前進反応あり! 距離7,000宇宙キロ!」
『艦首波動フィールド。 収束モード生成確認』
艦首部の見張りを兼ねる艦首魚雷管制室より波動砲の最終安全確認となる波動フィールド生成の目視確認がもたらされ、古代は最後の安全手順として確認情報を端末に入力する。
「敵艦隊急速前進! 距離6,500・・・6,000・・・5,000・・・」
『波動エンジン充填120%!』
「波動砲発射10秒前! 総員、対ショック対閃光防御!」
古代はヤマトが急速反転している中、波動砲のターゲットスコープを睨み続け敵艦隊が照準に入る一瞬の発射タイミングを逃さないように待ち続ける・・・
「島! 急速再反転!!」
「ようそろー! 180度急速反転!」
ヤマトの再反転に気付いた敵艦隊は針路変更が間に合わず、そのまま刺し違える覚悟で全力での砲撃戦を仕掛けてきておりヤマトにも被弾が相次ぎ、次々に被害も発生している。
「コスモレーダーフィールドアンテナ破損!」
「第二艦橋被弾!」
「発射5秒前・・・4・・・3・・・2・・・1」
「反転急制動!!」
「敵艦隊と軸線一致!!」
「発射!!」
古代の発射タイミングに合せて島航海長は絶妙のタイミングでヤマトに限界の急制動を掛けてヤマトの軸線を敵艦隊に合せると、ヤマトの艦首波動砲口からは波動砲の巨大な次元波動エネルギーが接近してきた敵艦隊へ迸る!
「やったか!?」
波動砲のエネルギー奔流は敵艦隊を包み込んだように見えたが、レーダーアンテナの破損により敵艦隊へ与えた損害はもちろん、敵艦隊の動向自体が不明な状態に陥ってしまった。
「敵艦隊付近のエネルギー反応は消えました。
撃破したようですが詳細は不明です」
第一艦橋では敵艦隊撃破の確認が取れず真田技師長を中心に他のセンサー類で空間の状況を探るが、思いもしない位置からの不明なエネルギー反応が現れる。
「真下に強力なエネルギー反応!」
「何?!」
コスモレーダーアンテナを破壊された現在の状況では探知のできないヤマトの艦底部方向から円盤状の敵小型艦が近付くと、備わったマニピュレーターで第三艦橋へ取り付いた。
「何らかの音声信号が入っています。 記録のない単語が多く翻訳遅れます」
『・・・ КиёжЮ¢Ь£,ЩблГФ#кдйнЭЙЛЧ」ёбП
いかない,ЪЖеЯЗБЕ▽яЁДэючЫф§∀КЦЩ¶イスカンダル!』
『・・・ ウィルメスト デ・ラーク ド ガミロン! エルタ、偉大なる地球に栄光あれ!!』
相原通信士の操作により通信機から意味不明の音声が流れるが、後半には自動翻訳機の処理が追いつき、落ち着いた男性の声ではあるが切迫した内容の通信であることが第一艦橋の乗組員にも否応なしに伝わってくる。
「エネルギーレベル急激に上昇中!」
「奴は自爆する気だ!!」
「このエネルギーレベルではヤマトも只では済まんぞ!」
「艦底部の者は中央居住区へ避難せよ! 急げ!!」
ヤマトは地球脱出船として作られた名残で居住部をはじめとした艦中央部のバイタルパートは外殻装甲以上の重装甲で覆われており、生存性の高い重要防御区画となっている。
『艦長代理! 第三艦橋の救出がまだだ!』
古代は被害の予想される艦底部の乗員に避難命令を出したが、救助班を指揮している斉藤によるエレベーターシャフトの応急修理は終わっておらず第三艦橋乗員は脱出できていない・・・
「くっ・・・!」
古代の脳裏に冥王星軌道での地球との最後の通信をした後の安藤の笑顔が浮かぶ・・・
〈両親も頑張ってる。 おれも絶対に生きて地球へ帰るんだ〉
〈沢山の命を預かっている指揮官とはそういうもんじゃないか?〉
〈このヤマトは何があろうとも任務を達成して地球へ帰らねばならんのだ〉
ここでヤマトが重大な損傷を受ければヤマトはもちろん地球人類の未来がなくなる・・・
古代の肩に地球でヤマトの帰りを待っている全人類16億人の重さがのしかかる・・・
* * * * * * * * * * * *
「雪、聞こえるか? 対艦ミサイルは残っているか?」
相原通信士を通さず直接コム端末を操作した古代は、ブラックタイガーの森機を呼び出し奇妙に平坦に聞こえる冷静な声で話しかけた。
「はい。 対艦ミサイルは4発とも残っています」
ヤマトの左舷後方に位置して第三艦橋の状況も見えていた森雪は、古代と通信しながら第三艦橋と接舷している敵艦をどうやってミサイルで攻撃するか考えていたが・・・
「分かった・・・ ミサイルで第三艦橋との接合部を撃て。 第三艦橋を切り離すんだ」
「・・・・・・」
森雪自身も、考えた結果それしかないという訓練された軍用機パイロットとしての冷静な判断と、自分の手で共に暮らしてきた仲間の命を奪うことになる攻撃を受け入れられない個人としての精神が葛藤して返事ができない。
「森二尉、命令だ! 返事をしろ!」
「了・・・解・・・」
古代の命令に自分の感情を封印すると、森雪はその場でF-96Bコスモタイガー改の機首をバーニア操作によりヤマトに向け、第三艦橋との接合部にレーザー照準をロックすると、スティックに備えられた98式対艦ミサイルの発射レバーを静かに引いた・・・
森雪のコスモタイガーから放たれた対艦ミサイルの直撃により切り離された第三艦橋は、ヤマトから500メートルほど離れた所で大爆発を起こし、第一艦橋にも思った以上の衝撃が発生する。
「安藤! 済まん!」
第一艦橋では乗組員全員の無言の固い視線を集中して浴びながら、古代は自分だけが別の世界にいるように感じる絶望的な孤独を一人味わっていた。
〈指揮官の孤独か・・・〉
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