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Space Battleship YAMATO Episode 3
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Space Battleship ヤマト 2199

苦難の航宙
 Episode 3.1 未知への跳躍
The fast warp to unknown


「我々の旅が成功するもしないも、まず第一に波動エンジンの超光速航行テストに掛かっている。
 往復29万6,000光年という旅を一年以内に成し遂げるには光の速度でも全く不可能なのだ。
 その時間短縮をするのがワープ航法というものなんだが・・・ 真田君、説明を頼む」

 第一艦橋の倍ほどの広さのあるヤマトの中央情報作戦室に20人ほどの第一艦橋基幹要員と各科長以上のメインスタッフが集合するなか、沖田艦長の発言に促されて真田技師長が床面中央部から部屋全体に大きく映し出されている立体CG映像を3Dポインターで示しならが説明を行う。

「はい。 それでは私から多次元空間歪曲転移航法、いわゆるワープについて説明します」

 床面の立体モニターに円や波状の様々な図形が表示される中、真田技師長が丁寧に説明を続ける。

「ワープとは相対性理論に矛盾することなく実質的に光よりも速く航行する方法の一つです」

「我々は通常の縦・横・奥行きという三次元空間が時間軸に沿って連続し、リング状、または波状に繋がったものを四次元の時空間として認識しており、普通はこの時間軸に沿って流れる時空間を進んでいくわけですが、多次元ワープ理論では量子力学における不確定原理から汲み出される事実上無尽蔵ともいえる強力な次元波動エネルギーを使って時空連続体の構造自体を歪め畳み込むことにより、通常の時間軸を通らずに超弦(スーパーストリングス)理論上の一つ上の次元空間を通り抜けて出発点から目標地点へ一切の時間経過なく一気に飛び越えることになります」

 モニターには規則的な波形を描く時空間に沿って移動していた光点が時間軸に沿って急激に縮まり、接触した時空間の波の頂点から頂点へと移動するワープ理論の単純な概念図が映し出されている。

 1905年の提唱から300年近く経った22世紀末の現在でも、数々の追試と細かな修正を加えられながら確固たる基盤を築いているアインシュタインの相対性理論は、重力子と反応する粒子を含む ― いわゆる質量のある物体の通常時空間における光速以上での移動を不可能としており、通常時空間ではないより高次の次元空間を利用することにより、直接的に速度を上げるのではなく実質的に距離を縮めることにより理論に矛盾することなく極超光速航行を実現しようとしているのだ。

 一方で微視的現象を扱う量子力学では、素粒子レベル以下の微小な対象においては、どのように巧妙に考えられた思考実験であっても測定しようとする行為自体が対象に大きな影響を与えてしまう(計測するために当てた光電磁波等の粒子自体のエネルギーが同程度の質量である対象粒子を弾き飛ばしてしまう)ために対象の状態を正確に特定することが理論上できないという不確定性が存在する。
 そのため、素粒子レベルでは物体は粒子であると同時に確率論的な波動としても存在し、各々が持っているエネルギーも理論的に観測不可能な不確定性の範囲内で増減する。 その、20世紀には謎のダークエネルギーともされていた、まるで無から発生するようにも見える素粒子エネルギーの極微小な揺らぎを無数に集め統制増幅するのが次元波動機関だと地球の理論波動物理学では考えられている。

「ただ実際のワープはこんな簡単なものではなく、ワープに入る時点とワープ空間から出る時点の僅かに残る時空の歪みが船体強度の耐えうるレベルにまで揃った瞬間に合せて行う必要がありますし、当然のようにワープアウトする空間に障害物などがあっては破滅的な結果を招きます。
 微小な物体はワープ実施時に自然発生する次元波動による干渉作用で排除されますが、もし万一大質量同士の時空重複反応が起きた場合、一気に開放された次元波動エネルギーと強度に歪んだ時空間の相互作用で部分的に時空が崩壊する可能性すらあり得るのです。
 そうなれば、我々の生きているこの時空の宇宙は消滅し過去未来その存在自体がなくなります・・・」

「つまり、どれほど強力なエネルギーを発生する波動機関があっても現状ではワープアウトする空間地点を正確に探知できる距離でしかワープはできないということですが、技術班では現在このワープ可能距離を伸ばすためにワーププローブを開発中です」

「真田さん。 そのワーププローブというのは何なんですか?」

 分からない言葉に、思わず古代が質問すると、

「簡単にいうと、超小型の探査機に次元波動エネルギーを充填した簡易ワープドライブを取り付けたもので、ヤマトのワープアウト想定地点に事前にワープさせると、周囲100宇宙キロ範囲をレーダー探査してヤマトに探知できない障害物があった場合は自爆して排除するようになっている。 それをヤマトの長距離コスモレーダーで探知することで安全を確保するというわけだ。 これが完成すれば一回のワープ可能距離を現在の最大600光年から1,000光年程度に伸ばすことが可能となるだろう。
 しかし、ワープ可能距離に変化があったとしてもワープ自体は万に一つの失敗も許されないということには全く変わりはない・・・」

「島、太田。 運行、探査に関する責任者として事は重大だぞ」

「はい」

「はい!」

 島航海長と太田航宙統制官の緊張した返答に無言で軽く頷くと、沖田艦長は改めてスタッフ全員に向けて何時もと変らない落ち着いた態度で説明を続けた。

「今回のワープテストでは、真田君とも話し合って月と地球の引力の影響が少なくなった地点から最短距離での実行を計画しているが、ワシは火星域へのワープを行おうと思っている」

「艦長。 火星にはガミラスの基地がありますが?」

「それに、航路からすると反対方向になります」

 沖田艦長は真田技師長と島航海長から発せられた当然の問いに頷きながら、スタッフのざわめきが収まるのを辛抱強く待ってから続けて具体的な説明を行っていった。

「うむ・・・」

「これから我々が行う大マゼラン銀河イスカンダルへの大航宙は、予定航程から遅れることなく進んだとしても往復で一年近くも掛かる。 しかし、現在の彼我の戦力差を考えれば、その間ガミラスが地球へ侵攻しないなどとはどれほど楽天的に考えてもあり得ることではない。
 つまり、どれほどの危険を冒してでもイスカンダルへの旅の前にガミラスの火星基地だけは何としても破壊しておかなくてはならんのだ。 そのためには本艦が超光速航行能力を持っていることをガミラスに知られていない今この機会しかないとワシは思う」

 大事な旅の前にあえて危険を冒すことに疑問を持ったスタッフたちも、沖田艦長の明確で論理的な説明に頷くしかなかった。

「基本計画としては、火星の引力影響圏外縁部にワープアウト。 ガミラス基地が対応を取る前に、そのまま通常空間を全速で航行しながら全主砲と誘導弾で攻撃して衛星軌道上を火星引力を利用したスイングバイにより一気に加速離脱する」

「攻撃は敵の基地だけですか? 艦隊はそのままでいいのでしょうか?」

 南部砲術士の質問に頷いて、沖田艦長は質問に答えながら説明を続ける。

「敵艦隊を残して行くのは確かに地球にとって脅威だが、補給整備を行う基地機能を破壊してしまえばガミラスといえども母星を離れた太陽系で長期間活動することはできないだろう。
 これから長旅を行う本艦に取っての危険を考えれば艦隊戦は極力行わないつもりだ」

 地球防衛艦隊総力を挙げた50余隻をもってしてもカスリ傷しか与えることができなかった敵艦隊。 何としても29万6,000光年の往復航宙を成しとげねばならない指揮官にとって、ヤマト単艦で、その300隻を超えると考えられている強大な艦隊とまともに戦うという選択肢を採ることはできない。

「古代。 ガミラス艦隊の反撃を考えれば一回切りの航過で基地を撃滅しなければならない。
 やり直しは利かんぞ・・・ 島と十分に打合わせて必ず成功させるようにせよ」

「はい」

「分かりました!」

「ワープ実施時は、万一に備えて総員船外服着用のこと。
 よし。 質問がなければ、直ちに準備に掛かれ!」

 沖田艦長の最終的な命令に敬礼から直ったスタッフ全員が一斉に中央情報作戦室を駆け出し持ち場へ向かうが、沖田はしばらくの間モニターの光を下から浴びながら考え込むように立ち尽くしていた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「んん? ああ・・・ ありがとう。 現役復帰早々の大仕事だったな、古代」

 ヤマトの艦内食堂兼休息室であるヤマト亭でワープ航行に関するマニュアルを読んでいた島航海長は、出しかけた右手に替わって少し慌てたように左手の方に持った悪くない香を立てる合成コーヒーを手渡しながら向かいのイスに腰掛ける古代の懐かしい笑顔に、時間も忘れて見詰めていた携帯コム端末から顔を上げると固まった首を回しながら照れたような笑顔を浮かべた。

「久しぶりに元気な顔を見て安心したよ」

「ああ・・・」

 曖昧な笑顔を見せる陰のある島の答えに、質問を掛けようと口を開きかけたところへ数人のパイロットスーツ姿の男女がヤマト亭に入ってくると、真っ直ぐに古代たちの座っているテーブルへ近付いてくる。

「古代さん!」

「加藤・・・ 山本・・・ 古谷・・・ 飛田・・・ お前たち・・・」

「お久しぶりです! また、古代さんと共に飛べると思うと嬉しくて・・・
 でも、今度の航宙隊チームトップは俺ですからね」

「お前たちも良い面構えになってきたな」

 古代が現役だった5年前には、まだまだひよっこだった部下達のすっかり成長した姿に目を細めながら見詰める古代に、今や統合航宙団でもエースと呼ばれるまでになっていた加藤三郎一尉が懐から七面鳥が描かれたラベルの貼られた8年物のバーボンボトルを出すと、こればかりは昔と変わらない悪戯っぽい笑顔を向ける。
 ここ数年の爆撃により伝統の醸造所もトウモロコシ畑も蒸発しており徐々に貴重な物となりつつあるが、敵機を七面鳥に見立てて飲み干すということで縁起を担いだパイロット達に昔から人気の銘柄だ。

「古代さん、内緒でこれ持ち込んだんですよ。 今夜は呑みましょう」

 一旦港から出航してしまえば、非番で特に許しのあった場合と、止めても無駄な佐渡酒造以外は当然のように通常禁酒という規則になっている戦闘航海中の軍艦内で、地上基地にいるときと同じ感覚で大っぴらにアルコールのボトルを見せる加藤に、古代は慌てて周りを気にしながら声を潜めて注意する。

「お前・・・ あんまり大きな声を出すなよ」

 久しぶりの再開に明るく笑い合う古代たちを他所に、人を寄せ付けないオーラをまとったように島と同じように陰のある表情で一人端のテーブルに座りビタミン強化ブルーベルー風味ジュースを飲んでいたパイロットスーツ姿の女性航宙士官が、激しく湧き上がる自分の感情を押さえつけるように背を向けて樹脂製のグラスを見詰めたまま背中越しにキツイ声を差し挟む。

「少し静かにしてもらえませんか!」

「何だよ森! お前だって古代さんの部隊に居たじゃないか?」

「もっとも、こんなオムツをした赤ちゃんだったけどな」

 軽くからかったつもりで笑い合う加藤たちに突然席から立ち上がった森雪の表情は只事ではない。
 振り向きざまに加藤たちを無視して真っ直ぐに古代へ詰め寄った森雪は厳しい表情のまま設問する。

「古代さん。 何で今ごろ戻ってきたんですか? なぜ、あの時いなかったんですか!」

「あの時?」

 緊張感に欠けた疑問系の古代の返答に、それまで耐えていた感情があふれ出すように更に厳しくなった言葉で森雪は厳しく問い詰める。

「火星域で艦隊が全滅した時よ! 古代提督が亡くなられた時よ!
 島さんの居た第一機動艦隊も生き残ったのは五十人ほど・・・
 第一遊撃艦隊も・・・ 航宙隊で残ったのは私一人。
 みんな、みんな死んだわ!!
 その時、あなたは何処で何をしていたのよ!!」

「・・・・・・」

〈提督・・・? 二階級特進か・・・〉

「その時、あなたは地球でのんびり鉄屑拾っていた・・・
 ようするに、怖くて逃げてたんでしょう?
 私は認めない。 あなだが、あの古代進だなんて・・・
 命を惜しむ男だなんて・・・ 腰抜け!」

「森!!」

 血相を変えて掴みかかろうとする古谷二尉を黙って止めた古代に、事の成り行きに静まり返っていた乗組員の冷たい視線にも全く動じることなく、キツイ一言を残した森雪は足早にヤマト亭を出て行った。

〈腰抜け・・・ 人を撃てなくなったファイターパイロットに相応しいな〉

 5年前の予備役編入以来、緊張すると現れる右手の細かな震えに気付いた古代は、周りに気付かれないように努めてゆっくりと古谷を止めていた右腕を下ろすとカーゴパンツのポケットにそっと隠した。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 人類史上初となるワープの実施時刻が刻々と近付く中、慌しく準備が続けられている機関室に隣接した艦尾艦底部分の艦載機格納庫に華奢な身体に似合わない物々しい搭乗装備一式を付けて降りてきた耐圧服姿の森雪は、長く伸ばされた髪を纏めながら機体整備全般を束ねる技術班航宙機整備科長である仁科春夫一尉に声を掛けて自機のコスモタイガーへと向かっていく。

「機体で待機します。 準備願います」

「よーそろー。 BT-3、出すぞ!」

「了解!」

 敬礼から直った森雪に頷いた仁科の発した命令に答えて、手持ち無沙汰にしていたベテランの坂東掌航宙機整備長を中心に数人の航宙機整備員達たちが一機のコスモタイガーに取り付き、発進準備の警報が鳴り響く低重力下の格納庫で手際よく出撃準備を進めていく。

「乗り込んだって、今回は目標が動かない対地艦砲射撃だから俺たち航宙隊の出番はないぞ」

「ベルトがあるからコックピットの方が安全かもしれませんね・・・」

「バカ! なにビビってんだよ!」

 戦闘機搭乗員準備室でスクランブル待機という名の雑談をしていた山本や古谷などのブラックタイガー隊員たちが冷やかす中、纏め終わった髪をヘルメットに収めた森雪は無視してコックピットに乗り込むと淡々と機体のチェックを始めた。

「システムチェック開始・・・」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 第一艦橋では正面右舷側の航海長席に着いた島が、極度に緊張した面持ちで自席のモニターを睨みながら先程まで読んでいたマニュアルのチェックリストに従って一つ一つ入念にワープ手順を細かく確認して行くが、その余りの緊張感に耐えられなくなった古代が隣の戦闘班長席から声を掛ける。

「島、お前ならできる。 自信を持っていけ!」

「んん」

 能面のように固まった表情のまま無言で頷き返す島の後方、艦橋後部中央の一段高い位置に置かれた艦長席から、沖田艦長のいつもと変らない冷静な口調の命令と訓示が肉声とコム端末を通して全艦へ伝えられる。

「ヤマト総員に達する。 本艦は月軌道を抜けたところで人類初のワープ航法へ入る。
 この作戦に失敗したら我々はもちろん地球人類全ての破滅に繋がるのだ。
 総員一層気持ちを引き締めて全力で任務を遂行せよ」

〈防衛軍中央スーパーコンピューターでのシミュレーションでは、ワープ成功確率68%・・・
 もし本当に神や悪魔が存在するなら、ワシの命でよければ喜んで契約に差し出すぞ〉

 艦長席から落ち着いた態度で指揮を取り続ける沖田に、人類初のワープへの最終準備を進めるクルーは内心に潜む消すことの出来ない不安を克服していくが、実際には、ただ一度の実テストすらしていない状態での初ワープ実施となる困難さを、代わって無数に行われたコンピューターシミュレーションの数値として実際に知る沖田と真田のストレスは極限の状態であった。

〈我々は、131回も宇宙を破滅させたんだ・・・〉


「ヤマト。 月、地球の引力影響圏を脱します」

「ワープ1分前。 総員各個気密を確保しベルトを着用せよ」

 太田航宙統制官の報告に島航海長はワープ航法へのカウントを開始すると、続いて自身も常に付けているヘッドセットに替わって船外服の気密ヘルメットを被り軽く深呼吸して空気の流入を確認する。

『全艦ワープスタンバイ! 全艦ワープスタンバイ! 総員個人気密体制ベルト着用!』

『波動エンジン回転上昇良好。 黒一杯、ワープ出力まで後30秒・・・』

「ワープ30秒前・・・・・・ 20秒前・・・」

 島はコンソールの時空連動計に表示される時空のズレを確認しながら、瞬きもせずに緊張した面持ちで細かく増減する揺らぎが最小になるタイミングを計り続ける。

「10秒前、最終時空連動確認!」

「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ワープ!」

 島の操作とともにヤマト全体に僅かに揺らぎが生じ、続いて空間の裏へ落ち込むように大きく揺らぐと巨大な船体が一瞬で遥か前方へ延びる閃光を残して忽然と消えた。
 


 火星とその衛星軌道を30時間周期で廻り続けるダイモスが彼方に見える以外には、近郊に何もなかった暗黒の空間が一瞬揺らぐと鋭い閃光とともに巨大な戦艦が忽然と浮かび上がるように現れ、まるで以前からそこに存在していたように何事もなく火星宙域へ向けて進んでいく・・・

「んん? か、火星だ! 成功したのか?」

「ワープ完了! 現在位置、火星より1万3,000宇宙キロ! 予定誤差範囲内です」

「船体に異常なし」

「成功だ・・・ 成功したぞ!」

 艦橋前面の右舷方向に他の星よりも大きく見える赤い火星が見えており、いち早く初めての空間転移の激しいショックと苦痛から立ち直ったクルーが歓声を上げる中、コム端末から響く徳川機関長の切迫した報告に第一艦橋の空気が一瞬で凍りつく。

『艦橋機関室。 波動エンジンに異常反応!』

「機関室、状況を報告せよ」

 艦橋が静まり返りクルーに動揺が走る中で、沖田艦長は冷静に通信コムへ命令を伝える。

『主機関の波動エネルギー伝道管が損傷、現状では戦闘出力を維持できません。
 応急作業はバイパス切り替えの15分ほどで完了しますが、波動エンジンを停止する必要があります』

「古代、主砲状況報告!」

 沖田は、戦闘班長である古代に主機関を使用できない現状での主砲の使用可能状況を訪ねる。

「南部!」

「現状、各主砲塔の即応エネルギーが一斉射分3発、予備エネルギーで更に3度の斉射が可能です」

「だめだ! 予備エネルギーは波動エンジンの再始動に残してもらう必要がある」

 南部砲術士の報告を慌てて否定する島航海長の強い意見具申に困惑した古代は、作戦の続行か中止かの判断を求めるように無言で沖田艦長を仰ぎ見る。

「艦長・・・?」

「作戦を続行する! 戦闘班は主砲射撃を各砲一回として可及的速やかに攻撃計画を変更せよ。
 総員急げ! 発動まで時間に余裕はないぞ」

 各部からの現状報告に、間髪を入れず沖田は決断する。

「了解! 全艦戦闘!」

「せんとー!!」

 艦内が予想もしていなかった敵前での重大なトラブルに動揺する中、沖田艦長は乗組員の気持ちを引き締め早急に戦闘準備を整えるように命じた。
 ここは太陽系内惑星域とはいえガミラスの絶対勢力圏なのだ、一刻の猶予もならない。

「戦闘班! 主砲射撃用意! 目標右舷方向のガミラス火星基地!」

「各誘導弾目標位置データー入力用意!」

「南部! ガミラス基地の正確な位置を割り出せ!」

「了解! スリーパー起こせ」

『ようそろー SLEEPER起動はじめ!』

 復唱を返しながらメガネの位置を調整した南部砲術士は、MF作戦での強襲揚陸作戦で空間騎兵隊を中心とした突入隊員の全滅と引き換えに隠密設置された待機式特殊戦術探査機へ起動コードを送ると、自席の戦闘探査解析回路を駆使して火星表面の偽装されているであろうガミラス基地の正確な位置を突き止める作業に没頭していくが・・・

「レーダーに感あり!! 1時方向、上下角15度に所属不明艦隊! 距離5,000宇宙キロ!」

「何だって!!」

「ガミラス艦隊の待ち伏せか?!」

 ワープ体制から通常空間へ戻り、機関トラブルにより慌しく計画変更された対地砲撃戦の準備を始めたところでの太田航宙統制官の思いもしない報告に混乱する第一艦橋の中、沖田艦長はまるで予め予期していたように的確に命令を下す。

「攻撃目標変更! 全艦対艦戦闘用意! 対宙警戒厳となせ!」

「敵航宙機確認! 距離2,000宇宙キロ!」

「敵は宙母だ! 艦載機発進用意!」

「分かりました! ブラックタイガー隊全機緊急発進!」


 艦載機格納庫では緊急発進を告げる神経を逆なでする警告音とともにスピーカーを通して出撃命令が繰り返され、搭乗員準備室から飛び出したパイロットと整備員、発着艦誘導員たちが慌しく走り回る。

『スクランブル!! スクランブル!!
 ブラックタイガー隊全機発進! 目標、敵宙母! 繰り返す。 目標、敵宙母!』

「ブラックタイガー森雪。 発進準備よろし!」

 事前に機体の固い射出座席に耐えながら待機していた森雪は、格納庫に鳴り響く発進命令に素早く対応すると、接続された電磁誘導路の確認を行った坂東と短い敬礼を交しながら艦橋への報告を入れる。

「ちっくしょ〜! 先を越された!」

「だから乗ってた方がいいって言ったんですよ〜」

 片手に持ったヘルメットを叩いて悔しがる加藤三郎たちを気密隔壁越しに置いて、全開にしたエンジンと電磁誘導路により瞬時に加速されたBGR F-96Bコスモタイガー改が特徴的な長方形のメインエンジンスラスターの残像を残して素早く出撃していく。

「BT-3、発艦します!」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと363日・・・ あと363日−
 

 
 Episode 3.2 敵艦隊消滅
Hostile fleet disappearance


 コスモタイガーでヤマトから出撃した森雪は火星宙域で単機ガミラス艦載機編隊数十機との戦闘に入ったが、宙域は幾度となく繰り返された戦闘で撃破された艦艇や航宙機などの様々な無数の残骸に溢れており、コックピット内は大小の障害物に反応して休むことなく鳴り続ける衝突警告と回避警報に敵艦載機との戦闘に集中することができないほどだ。

『PULL UP! PULL UP!』

「くっ!」

 辛うじてガミラス機のレーザー攻撃をかわすと衝突警告に左翼ギリギリの残骸をバンクして避け、再び機体姿勢を立て直す暇もなく次の機の攻撃を左右のロールでやり過ごし続ける。
 唯一の利点は味方機が居ないために同士討ちの心配をしなくていいだけだが、多勢に無勢で次第に追い詰めれていくように機動の余地が狭められていく。

『FLASH! LEFT! LEFT!』

「んっ!」

 一瞬照準サークルへ捕らえた敵機に銃撃を浴びせるが戦果を確認する間もなく敵の照準レーダー警告に機体をロールに入れるが、思いもかけず突然コックピット正面に現れた障害物に反射的にリバース全開を掛け急激に速度が落ちると、目の前に漂う苦悶の表情を浮かべ暗紫色に変色したヘルメットのフェイスマスク越しの顔と目が合う・・・
 酸欠であろう大きく目を見開き喘ぐように歪んだ口を開けた恐ろしい表情のパイロットスーツ姿の遺体から目が離せずに、一瞬動きを止めた機体に敵の照準レーザーが次々とロックオンする。

『BREAK! BREAK!』

〈しまった! これまでか?!〉

 今まで天才的な機動で敵機を翻弄していた森雪も自らの一瞬の判断ミスを悔やみながら観念しかかったが、突然敵のロックが消えると視界の隅に味方のブラックタイガー隊の姿が入ってくる。

「一人で突っ走るんじゃないよ〜」

「大丈夫か?!」

「そんな機動じゃ燃料が持たないぞ!」

 遅れて発艦した、加藤隊長をはじめとした11機のブラックタイガー隊と合流した森雪は、微かな苦笑いを返しながら体勢を立て直すと、周囲空間に溢れる多数の敵艦載機との戦闘に復帰していく。

「ターゲティングを開始するぞ! 目標、ガミラス超大型宙母!!」

『せめて敵宙母の航行能力だけは奪いたい。 主機関と思われる場所を集中して攻撃せよ』

「了解! ブラックタイガー隊全機、敵宙母のエンジン部分を狙え!」

 沖田艦長の指示を古代から伝えられたブラックタイガー隊は、引き続き敵艦載機との戦闘を繰り返しながら敵艦隊への攻撃へ向かっていくと、一瞬の隙を突いて戦闘宙域を抜け出し敵多段式大型航宙母艦のターゲティング可能距離へと肉薄する。


『敵宙母へのターゲティング完了!』

「ガ軍宙母フタ(2隻)、精密座標入力確認よし!」

「主砲射撃用意! 目標、敵宙母マルヒト、及びマルフタ! 距離3,800宇宙キロ!」

 ブラックタイガー隊の送ってきたターゲティング・データーにより敵航宙母艦2隻の精密な位置を特定すると、南部砲術士を中心にヤマトは主砲発射の準備を進める。

「ヤマトは主砲射撃を行う! ブラックタイガー隊、ただちに退避せよ!」

『了解! 離脱します!』

 ヤマトの艦首甲板で一番二番主砲塔が重々しく僅かに右舷側へ回転すると、各三門備えられた巨大な砲身が生き物のように上向き空間の一点をピッタリと指向する。

「第一、第二砲塔各個照準よし!」

「主砲射撃用意よろし!」

「主砲斉発第三射法、撃ち方はじめ」

「・・・・・・」

「古代! 撃て!」

 一瞬ためらいを見せた古代の背中に沖田艦長の鋭い声が飛び、差し迫る緊張の中で不安げに戦闘班長の横顔をうかがった南部砲術士に叩き付けるように古代の発射命令が大きく響く。

「撃ちぃ方はじめ!」

「てっ!!」

 ヤマトの前方に指向することのできる六門の46センチ主砲から発射されたエネルギービームは、ブラックタイガー隊のターゲティングにより正確に2隻の敵航宙母艦のメインエンジンに吸い込まれるように命中し、敵艦の強大な波動機関が自己の超高エネルギーによる重力崩壊を起こして、それぞれの巨大な船体自体を飲み込みながら収縮崩壊と膨大なエネルギー爆発を繰り返すとともに、直近に配備されていた廻りの十数隻の護衛艦をも巻き込んでスローモーションのように崩壊していく。

「・・・ て、敵宙母2隻撃沈!!」

「し、沈んだのか・・・」

「あの歯が立たなかったガミラス艦を一撃で・・・」

 驚きを隠せない太田航宙統制官のレーダー報告に、同じく第三次火星域会戦での圧倒的なガミラス艦の威力を目前に見てきた生き残りの乗組員らが声もなくスクリーンを見詰める中、島航海長と南部砲術士の口からは声にならないほどの独り言のような呟きが漏れる。

「何という威力なんだ・・・」

『可動目標、遠ざかりつつあり』

「ガ軍残存艦、全艦反転後退します」

 先ほどまで圧倒的な存在感を示していたガミラス機動艦隊が、拡大された艦橋の大スクリーンの中でそれそれ崩壊を起こしながら火星の引力に捕らえられて、ゆっくりとスローモーションのようにガミラス火星基地に向かって落下していくのを第一艦橋の誰もが唖然として見続けていた。

「打方やめ」

「主砲用具納め」

『主砲射撃用具納めぇ〜!』


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「凄い・・・」

『・・・よし。 ブラックタイガー隊、全機帰艦だ!』

『了解!』

「うわっ!!」

 ブラックタイガー隊でも一時敵艦の崩壊に注意を奪われていたが、我に返った加藤隊長の命令に慌てて了解を返す隊員の中、機体を旋回へ入れようとしていた森雪の機体に突然衝撃が発生し、敵艦の破片をエンジン部に受けてコントロールを失い回転しながら漂流していく。

「森! どうした? 森機、応答せよ! 森機!」

「森! 森雪! 機体のビーコンを入れるんだ!」

 加藤が懸命にコム端末に向かって呼び掛けるが、森機からの返答はなく、次第に遠ざかっていく機体は戦闘状態のままであったため機位を敵に対しても知らせてしまうビーコンを切っており、宙域に溢れる残骸と入り混じり自動レーダー追跡していた戦術リンクからも見失ってしまう。

『BT-3、ロスト! BT-3、ロスト!』


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「敵機左舷方向より接近! 10時方向! 距離800!」

「迎撃せよ!」

「左舷パルスレーザー! 全力射撃はじめ!」

「左舷対宙戦闘! 打ちぃ方はじめ」

 そのころヤマトでは敵艦載機8機の襲撃を受けており、艦中央部艦橋周囲に集中配備された対小型機用の小口径速射レーザー砲が杉山和彦高角長指揮のもと左舷に指向できる全砲門を持って猛烈な射撃をはじめ接近するガミラス航宙機を次々と撃破していくが、集中制御されたパルスレーザー群の射線の隙を突いて1機の機体が異常接近してくる。

「1機、突破するぞ!」

「ガミラス機、異常接近!!」

 ヤマトの至近距離まで接近した敵機だが、攻撃動作も取らずに迷うことなく艦尾宇宙魚雷発射口付近の船体左舷に激突すると、艦内では実際の衝撃より精神的衝撃を大きく受けた南部砲術士の驚きが漏れる。

「左舷側艦尾にガミラス機激突!!」

「上部サブノズル一部損傷!」

「当たってきたぞ!!」

 砲術という職業柄、熱血漢ではあるが論理的な計算を基本に行動を行う南部には、損害と戦果を考えれば割の合わないどころか無駄に命を失うことにしかならないと思われる体当たりという行為は全く理解しがたいことであった。

『艦橋応急班。 左舷側後部現場急行中』

「・・・帰るところを失った航宙機だ」

 沖田艦長の背筋を凍らせるほどに冷酷に聞こえる余りに冷静な言葉を、誰もが簡単に受け入れることができず第一艦橋を奇妙な沈黙が支配した。

〈これが我々の敵・・・〉

「続いてレーダーに反応あり! 2時方向、敵航宙機多数近付く! 距離2,500宇宙キロ!」

 太田航宙統制官の見詰めるレーダー画面には敵航宙機と思われる光点がびっしりと現れており、真っ直ぐにレーダーモニターの中心部、つまりこのヤマトに向かっていた。

「ブラックタイガー隊による迎撃は可能か?」

「現在、全機残燃料不足により帰艦中です!」

 太田航宙統制官のレーダー報告に沖田艦長は取り得る様々な可能行動を当たっていくが、直援航宙機が出せない現状では体当たりを覚悟で攻撃してくるであろう敵機との戦闘は回避するしかなかった。

「機関室、現状報告。 ワープは可能か?」

『主機関の応急バイパス修理は完了していますが・・・
 最短距離のワープでも、エネルギー充填に10分から12分掛かります』

 沖田艦長の問いに、機関室から徳川機関長が機関制御パネルの表示を睨みながら現状を報告する。

「航宙、現状報告。 ワープ航路の計算は10分で可能か?」

「不可能でも、やります!」

 太田航宙統制官は手元の端末から全ての航路計算用コンピューターを動員して、コスモレーダーから送られてくる膨大な空間探知データーを処理しはじめる。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『戦闘班長! 森機が応答しません! 機体を見失いました!』

「何っ?!」

 大急ぎでワープ準備を進めている第一艦橋にブラックタイガー加藤隊長の無線報告が響き、部下の危機に古代は顔色を変えて答えると、コム端末を切り替え森雪のコスモタイガーへ呼びかける。

「BT-3 BT-3 ブラックタイガー森機? 森雪、応答しろ!」

『森機? 森二尉、応答しろ! 聞こえるか?』

「・・・ はい。 聞こえます」

 意識を失った森雪のヘルメットに古代の呼びかけがガンガン響き、徐々に意識が戻ってくるとコスモタイガーのコックピット内は神経を逆なでする警告音と警告灯で溢れており、推力を失った機体が重大な損傷を受けていること改めて思い知らされた。

『どうした? 動けないのか?』

「エンジンに破片が当たったようです。 完全に停止しています」

 完全に意識が戻ってくると、戦術統合情報コンピューターが停止しているために自身でエラー表示で溢れかえっているコックピットの計器を素早くチェックし一つ一つ詳細情報を確認していった。


『詳しい状況を知らせろ』

「エンジンは異常停止中・・・ 再始動不能。
 スラスター残燃料28% 現在位置は表示されません」

 古代は、森雪の報告の背景に聞こえる複数の警告音に隠れるように特徴的な神経を逆なでする酸素残量警告がなっているのを聞き逃さなかった。

 現在の航宙機は呼吸用の空気は循環再生使用しており、酸素ボンベは緊急時の非常用として装備されているのだが、パイロットの多くは集中力が上がるとして戦闘時に一般での使用は禁止されているボンベを使用しているのが実態だ。
 古代自身もパイロット時代には当然のように行っていた行為なので、厚く貼り付けられたガムテープにより小さくくぐもった警告音を聞き逃さなかったのだ。

「雪! 酸素残量は何分だ?」

「・・・ 約5分です」

 古代の鋭い指摘に森雪は誤魔化すこともできずに現在の酸素残量を報告した。

「分かった。 救出に向かうから通常帰還モードに切り替えろ!」

「私のことは置いてってください」

 森雪はエースパイロットとして過ごしてきたプライドから強がり半分で答えたが、

「俺は絶対にだれも見捨てない! 必ず助けるから待ってろ!」

「足手まといになりたくありません」

「酸素が無駄になる! ビーコンを出して黙ってろ!」

 ステルス戦闘モードになったまま機能停止しているコスモタイガーを通常帰還モードに切り替えなければ、敵に発見される可能性を増やす電磁波となる機体からの位置を示すビーコンは発信されず、この広い宇宙空間では探し出して救出することも不可能なのだ。


「艦長。 森機の救出に向かいます」

「古代、10分後にワープする。 遅れてもヤマトは待たんぞ」

 明らかに部下を見捨てた自分に対する反感を隠そうともしない古代の言動に、16億人の命の掛かったフネの安全を優先せざるを得ない沖田艦長は感情を交えず冷静に告げた。

「分かりました。 必ず10分で戻ります。 南部! 後を引き継げ!」

「・・・・・・」

 敬礼から直りエレベーターへ消えていく古代の背中を沖田艦長は無言で見送ったが、自分に対する反感を含んだ行動に若さゆえの危なっかしさと指揮官としての可能性を見ていた。

〈ワシの若い頃もこうだっかかな・・・・〉


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと362日・・・ あと362日−
 

 
 Episode 3.3 帰還
The return from death


 ヤマトの艦尾航宙機射出カタパルトから発艦した愛機のミツビシ・イシカワジマ零式宇宙艦上戦闘機増加試作型五番弐号機に乗り組んだ古代は、燃料効率など無視した最大加速でビーコンへ向かって空間に溢れかえる障害物をギリギリで避けながら最短距離を直進していく。

 当然のようにコックピット内には燃料消費警告と衝突警告が連続して鳴り響いているが、古代はコンソール左下にあるスロットに腰から外した個人支援AIコンピューターAN8001/H1000をセットすると、ハッキングにより軍用ネットワークとの情報接続を可能としたパーソナルAIを起動させるために呼びかける。

「アナライザー!」

『コダイサン コチラデワ久シブリデス』

「挨拶は後だ! 回避機動を任す!」

『ワカリマシタ 任セテクダサイ』

 細かな回避機動をアナライザーに任せた古代は森機とのランデブーに神経を集中するが、溢れかえる障害物によりビーコンの位置を正確に特定できない。

「5分だけ頑張ってくれよ!」

 コックピットのキャノピーをはじめ機体全体に極小の障害物が当たっている鋭い振動と音が古代にも伝わるが、現役ファイターパイロット時代の厳しい状況でも疑うことなく命を預けてきたアナライザーを信じてスロットルを緩めることなく全力加速を続ける。

「ここからが勝負だ。 頼んだぞアナライザー!」

 古代は一瞬スロットルを切って姿勢制御バーニアの操作によりコスモゼロを180度反転させると、今度は後ろ向きのままエンジンを全開にして急減速に入る。

 宙域が大小のデブリで溢れている現状では言うまでもなく危険な操作だが、コスト高とペイロード能力の低さによりBGR(ボーイング・グラマン・ロッキード)社製宇宙戦闘攻撃機F-96コスモタイガーに競争試作で敗れたとはいえ、ガミラス戦役が本格化する以前の平時に開発・試作が開始された純粋な制宙戦闘用の機体らしく、試製零式宇宙艦上戦闘機コスモゼロは非常に高度な高機動能力とステルス性能を併せ持った贅沢な機構の航宙戦闘機であり、テストパイロットとして扱いを熟知した古代とアナライザーのコンビは機体の限界性能を引き出しながら神業的機動を行い続ける。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 漂流を続ける森機のコックピットでは酸素残量計はゼロを指し示し、非常緊急警告が今まで以上の緊急事態を強調するように鳴り響いている。

『酸素残量ガアリマセン。 直チニ吸気再生装置ヲ起動シテクダサイ』

「・・・ だ、大丈夫・・・ 死ぬのは怖くない・・・ 酸欠は苦しくないから・・・」

 他人と話しているときは気丈に振舞っていたが、さすがに自分の死を目前にして襲ってきた激しい恐怖心を誤魔化すように自分自身に言い聞かせるが、頭からは先程の戦闘時に見た遺体の苦悶の表情が離れずパニックに陥りつつある自分を抑えることができなくなってくる。


『森雪! 応答しろ! 聞こえるか?!』

「はっはい。 聞こえます・・・」

『脱出装置は作動するか?』

 ボンベの残量がなくなり、酸素濃度の薄くなった空気を喘ぐように荒く呼吸する森雪であったが、古代からの通信には最後まで気丈に振舞おうとする姿がかえって痛々しかった。

「古代さん、帰ってください。 自分はもう無理ですから・・・」

『脱出装置が作動するかどうか聞いているんだ! 命令だ! 森二尉、答えろ!!』

 古代の剣幕に森雪は霞んだ瞳でコンソールの表示をチェックすると、

「さ、作動します・・・」

『よし! それじゃ、俺が合図したら何も考えずに脱出しろ!』

 古代は森雪との交信を終えるとビーコンとの距離を再確認して精密距離を測定した。


「雪! 聞こえるか?! 5秒後に脱出しろ!」

『りょう・・・かい・・・』

「3・・・2・・・1・・・」

『3・・・2・・・1・・・』

 森雪は酸素欠乏で意識が遠のく中、最後の力を振り絞って鉛のように重くなった両手をヘルメットの上に上げると射出座席に取り付けられた脱出レバーを引いた。

 同時に頭の中でタイミングを計っていた古代は機体を再反転させると、スロットルをリバース全開に切り替えてコックピットのキャノピーを手動制御で無理やりに開く。

『こっくぴっとノ気密ガ失ワレマシタ。 直チニきゃのぴーノ密閉ヲ確認シテクダサイ』

 普通ではあり得ない操作に警告音がヘルメット内に鳴り響く中、真っ暗闇の空間から突然視界に現れたオレンジ色のパイロット用耐圧スーツ姿の森雪が凹型になったキャノピーの内側に鈍い振動と共に叩き付けれるように収まった。

『こっくぴっとニ異常衝撃。 直チニ状態ヲ確認シテクダサイ』

「こちら古代! 救出完了! これより帰還します!」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「ガミラス機編隊、約80機。 距離1,000宇宙キロ! 後3分です!」

『波動エンジン充填100%』

「古代機、帰還まで約4分!」

 徳川機関長、南部砲術士の報告に続いて、最終的に古代と森雪を置いていくことになるかもしれない報告を太田航宙統制官が言い難そうに報告した。

「ワープ航路の計算終わりました・・・」

「間に合わんな・・・」

 それまで瞑目して報告を聞いていた沖田の小さな呟きに雷に打たれたように第一艦橋内が緊張する中、息を止めて指揮官の決断を待つ乗組員に沖田艦長は静かに決定を下す・・・

「島。 接近するガミラス機をミサイルだと思え。 ギリギリまで引き付けてロールで避けろ。
 やり過ごした敵機が体勢を立て直すには、それなりの時間が掛かるだろう・・・」

「南部。 その間に古代機を回収せよ」

「了解しました!!」

 沖田艦長の命令に全員の間にホッとした空気と決然とした闘志が湧きあがり、それまでの呪縛から解かれたかのように各員が全力でそれぞれの任務に邁進する。

「島。 ヤマトは重いぞ。 事前に行き足を付けておくんだ」

「わ、分かりました!」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『総員に達する! 総員に達する! ヤマトはこれより緊急機動を行う。
 艦内の可動物固縛を確認し激しい機動に備えよ! 繰り返す・・・』

 沖田艦長の命令に艦内に緊急機動警報が流され、乗組員がそれぞれに慌しく艦内の移動する可能性のある物を固定し安全を確保するが、ここ烹炊所でも不足しがちな科員をやり繰りして忙しい126人分の烹炊作業と平行しての安全化作業が続けられている。

「おい! 鍋の密閉と固定を再度確認しろ!」

「分かりました!」

「包丁は所定の位置に格納したか?!」

「糧食庫の確認も忘れるな!」

 旧日本海軍以来伝統の金曜日恒例ヤマト特製海軍カレーを昼食用に煮込んでいた船務班烹炊科でも、新谷一尉コック長(烹炊長)のもと緊急機動警報に慌しく対応していくが、艦橋からの緊急情報を流し続けるコム端末を睨みながら耐熱樹脂製の大型スパテラ(しゃもじ)を握る両手にも汗が滲んでくる。

「本当に大丈夫なんだろうなぁ・・・」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「ガミラス機、接近中・・・ 距離250・・・240・・・230・・・」

 接近するガミラス機の距離を読み上げ続ける太田航宙統制官の報告に独自のタイミングを取っていた島航海長は、ここだと思うところで舵を取り舷側のバーニアを全開にする。

 数秒間噴射したところでヤマトの巨大な船体は敏感な人間に僅かに分かるほどの速度で左ロールをはじめ、一旦舵を中央に戻した島は緊張した面持ちで更に本舵を取るタイミングを計った。

「距離80・・・70・・・60・・・50・・・」

「今だ!」

 島航海長は自分への気合と共に舵を一杯に切ると、予備舵で行き足の付いていたヤマトは、非常全力噴射された舷側バーニアの力により、その巨体に似合わない速さで徐々に加速しながら左舷側へと急速にロールしていく。

「うわぁ!!」

 艦内の慣性コントロールが高機動により一時的にバランスを崩し艦内に激しい揺れが生じるが、ヤマトの艦上構築物の直前にまで迫っていたガミラス機編隊は、高速度で付き過ぎた慣性を持て余し軌道修正できずにそのまま脇を通り過ぎていく。

「エアロック開けろ! 古代機を回収!」

『CZ-1着艦収容確認!』

「ワープ!!」


 ヤマトへ帰還した古代は、コスモゼロからもどかしげに飛び降りるとヘルメットを慌しく取り、駆けつけたメカニックやブラックタイガーの隊員たちに絶叫した。

『CZ-01の着艦を確認! 整備班、医療班、作業開始せよ』

「早く佐渡先生を! 佐渡先生を呼んでくれ!!」

「雪! 死ぬな!!」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと361日・・・ あと361日−
 

 
 Episode 3.4 真実
Confession of the truth


 緊急の小ワープから通常空間へ戻ったヤマトの医務室では佐渡酒造による森雪の治療が続いていたが、航宙機搭乗用の耐圧スーツを着たままの古代が控え室で待つ中、治療中のランプが消えて白衣姿の佐渡が鎮痛な表情で出てきた。

「佐渡先生。 どうなんですか? 助かりますか?」

「生命自体は大丈夫じゃ しかし酸欠の時間が長かったからのぉ
 ここの設備では障害が残らず無事に意識が戻るかどうかは分からん・・・」

「そうですか・・・ クソッ!!」

 感情を抑えられずに拳を隔壁に叩きつける古代に、マスクを外した佐渡は傍らに置いていた一升瓶から並々とグラスに注いだ酒を一口一気に煽り静かに告げた。

「神ではない人間には結果を保証することは出来んもんじゃ
 出来ることは、その場その場で全力を尽くすことだけじゃないのかな」

「しかし、全て自分の責任です」

 佐渡は、自分の考えを全く変えようとしない古代の頑固さに苦笑いしたが、

〈考えてみれば自分も同じか・・・ いや、あの人も同じだな・・・〉

「オマエ、本当に亡くなった兄さんや、あの人の若い頃とそっくりじゃの」

「あの人って誰のことですか・・・」

 古代も沖田艦長のことを思い描いたようで一層意固地になっていた。

「ん? まぁ ええわい。 オマエも呑め」

 医療用高解像度大型壁面モニターが目立つ白壁の部屋の奥に場違いな四畳半の小上がりに畳の敷かれた艦医室へと通された古代は、先程の緊急ワープ時におけるエネルギー伝道管破損により受けた左腕裂傷の治療に来ていた徳川機関長とともに、佐渡から並々と酒を注がれたグラスを受け取ると黙って僅かに舐めるように呑んだ。

「古代、沖田艦長に感謝するんじゃな。 オマエたちを助けるために随分と無茶をしたんじゃ」

 古代は佐渡の言葉には直接答えず、徳川機関長へ向き直って心の中に思っていた質問を発した。

「徳川さん。 沖田艦長とは長い付き合いということですが、どんな人ですか?」

「んん? 常に冷静沈着、僅かな可能性でも確実に成果へ向けて進んでいく・・・
 しかし、普通の男じゃよ。 悩みもすれば、後悔もする。 同じ人間だ」

 古代の反応を見るように言葉を繋ぎながら徳川機関長は語りかける。

「しかし、あの人は冷酷に兄を見捨てたんです!」

「古代、勘違いしちゃいかん。 大切な人を失ったのはお前だけじゃない。
 沖田艦長も、あの戦いで一人息子さんを失っておられるんだ・・・」

「・・・・・・」

 古代は徳川機関長の話にも批判半分で聞いていたが、この戦いで戦死したのは兄だけではないという当たり前のことを改めて思い知り言葉を挟むことが出来なかった。

「艦長の息子さんが乗られた駆逐艦ふゆづきは機関への被弾で航行不能となり戦場放棄された。
 負け戦で救出も全く不可能だったが、そのとき誰が生きていたか誰にも分かりはせん・・・」

「古代。 お前も親になれば分かるだろう、それがどんな気持ちか・・・」

 余りの衝撃にグラスを持ったまま固まっている古代に、徳川機関長はグラスに半分ほど残っていた酒を一気に煽ると腹の底から搾り出すように語った。

「古代、みんな生身の人間だ。 しかし、あの人は人間である前に指揮官を演じている。
 沢山の命を預かっている指揮官とは、そういうもんじゃないか? なぁ古代」
 


 同じ頃、艦長室では右舷側に作り付けられたデスクのベット兼用になっているイスに腰掛けた沖田艦長が、半分ほど透明な液体の入ったグラスをちびちびと傾けながら手にした数枚の写真を眺めていた。
 さすがにプライベートな空間だけに何時もの第一艦橋に居るときとは少し違った温和な表情だが、制服はおろか将校外套も着込んだままで制帽だけがデスクの上に置かれていた。

〈息子を見殺しにして、何故? か・・・〉

「・・・・・・」

〈見殺しならまだ救われる・・・
 生きていたかも知れない・・・
 助けを求めていたのかもしれない息子を戦場に見捨てたのだ・・・
 地獄に落ちても、まだ足りんな・・・〉


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『お義父さん。 あのひとは・・・』

「・・・・・・」

『・・・ 嘘よ・・・ 嘘っ!! どうして・・・? どうしてなの?!』

 火星域戦での戦塵がそのままに残る碧き制服の胸に叩きつけられた細いこぶしの痛みと涙に濡れた温もりが脳裏に蘇り、防衛軍合同葬を頑なに断り自宅で執り行われた主が居ない送り火が終わった夜、手紙とともに残された遺髪を胸に自身の未来をも閉じた義娘が残した永遠に答えの出ることがない最期の言葉が、沖田の心を繰り返し繰り返し責め続ける・・・

 なぜ、良太郎さんを見殺しにして、お義父(あなた)は生きているの? なぜ・・・?

「・・・・・・」

〈今まで、どれだけの若者の未来を奪ってきたのか・・・
 ワシは、軍務を言い訳にして最期まで現実から逃げていたのかもしれん・・・〉


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 沖田艦長はプライベートな時間を持つたびに、自分の指揮により死んだ部下達の最後を思い出し一人迫りくる過去に押しつぶされそうな思いを抱くが、これが戦場ストレスであり体を蝕む宇宙放射線病とともに自分の精神を壊していくのを自覚しているのであった。

〈ワシの指揮官としての寿命も、もう長くはない・・・
 しかし、この重い荷物をあの若者に背負わせるのか・・・〉

「ん!」

 艦橋からの報告に現実に戻されたのを感謝しながら、グラスに残っていた水をデスクの傍らにあった観葉植物に掛けるとコム端末に触れ、いつもの指揮官へと戻っていった。


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと360日・・・ あと360日−
 

 
 Episode 3.5 波動砲発射
The Wave motion Canon launching


「はい。 承知しております。 我が名誉に賭けて、命に代えても・・・」

「帝星に勝利と栄光を! 総統万歳!」

「・・・・・・」

〈勝利の報告しか認めん・・・ か・・・ ゲール長官らしいな〉


「シュルツ司令。 総軍司令部は何と?」

 副司令のガンツは、司令長官室の長距離通信装置で銀河攻略総軍司令部の置かれたバラン星への宙母機動部隊と火星基地喪失にともなう通信報告を終えて出てきたシュルツ司令の大柄な背中に、猫背気味の小太りな体をさらに縮めた不安を隠せない態度で語尾の消え入りそうな声を掛けた。

〈帝星では査問委員会が待っている。 わたしの軍歴も、これで終わりか・・・〉

 しかし、オリオン方面空間機甲軍の名誉に掛けて、あのフネだけは・・・

「ガンツ。 全艦隊への通信を開いてくれ」

 ガミラス地球攻略部隊の中心実行戦力となるオリオン方面空間機甲軍を率いる歴戦のシュルツ司令は、ガンツの質問に直接答えることなく平素と変らない落ち着いた態度で背中越しに静かに命じた。

「オリオン方面空間機甲軍の兵士諸君。 これより我々は敵新型戦艦の撃滅に出撃する。
 敵は只一隻の戦艦ではあるが、我が機動艦隊に大打撃を与えているのだ。
 諸君には、蛮族と油断することなく平素の力を出してくれることを期待する」

「さあ行くぞ! 全艦突撃体勢! ゲシュタムドリフト用意!」

「ゲシュタムドリフト用意! 超空間転移座標確定」

『機関出力臨界点へ上昇、ドリフト開始』

 シュルツ司令の旗艦を中心としたガミラスの大艦隊は陣形を整えるとワープ航行体制に入り、艦内機構の細かな修理と調整を行いながら通常空間を土星付近へと巡航速度での航行を続けているヤマトへと急速に向かっていく。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『艦橋CIC。 前方空間に異常反応あり』

「レーダーに感あり! 1時の方向! 距離7,000宇宙キロ!」

 何もなかった航路前方の空間に突然沸いて出るようにレーダー反応が現れ、刻々と増え続けていく様に第一艦橋の空気が一瞬で凍りつく。

「形式不明の超弩級宇宙戦艦1、ガミラス級宇宙戦艦8、ゲルベ級重巡洋艦11、クルーザー級デストロイヤー級護衛艦72からさらに増加中!」

「凄い大艦隊じゃないか・・・!」

 第一艦橋のビデオパネル一面に無数に映る艦隊の規模に全員が息を呑んだ。 そこに映っているのは、火星基地壊滅から生き残った砲戦艦隊に機動艦隊の残存護衛艦が合流した見たこともないほどの威容で迫る宇宙空間を圧する大艦隊であった。

「やはりガミラスは何らかの方法で我々の航路を探知しているようだ。
 これでは敵の裏をかいて進むのは無理なようだな・・・」

「真田君。 ワープで避けられんか?」

 沖田艦長は、ワープを行った直後であり連続してのワープが不可能と思われるガミラス艦隊をワープ航法により振り切ることを提案するが、真田技師長は自席のモニターに様々に表示されるヤマトの修理状況データを確認すると首を横に振った。

「艦長。
 前回の緊急ワープによるエネルギー伝道管損傷の本修理が終わっていません。
 短距離といえど現状でワープ航法を行うのは非常に危険です」


「そうか・・・ 仕方がない。 波動砲を使う」

 沖田艦長はできる限り無用な戦闘は行わずにイスカンダルへの航行を優先する方針ではあったが、真田技師長の分析報告にヤマトの損害を軽減するには先制攻撃を掛けるしかないと決断した。

「波動砲・・・?!」

「あの大艦隊とまともに戦ったのでは到底ヤマトも無傷ですむとは考えられない。
 これも危険な賭けではあるが、敵の射程外より波動砲で先制攻撃をかける」

 第一艦橋内に動揺が広がるが、沖田艦長は淡々と詳細な手順を命令していく。

「最大効力距離から艦首波動砲を広域攻撃モードで発射。
 敵艦隊に損害を与え、主砲戦を行いながらスイングバイにより戦闘宙域より全速離脱する。
 総員直ちに波動砲の発射準備を行え!」

「了解!」

「全艦波動砲戦用意!」

『ようそろー FCS(火器管制機構)波動砲発射態勢へ移行。 FWP起動シークエンス開始』

 沖田艦長の命令によりヤマトは慣性航行を行いながら、一つの大型恒星にも匹敵するといわれる膨大な波動エンジンの全エネルギーを推進力としてではなく直接攻撃力に使用するヤマトの最終兵器である九九式200サンチ艦首軸線次元波動投射砲の発射準備を整えていく。


『全艦波動砲発射態勢! 全艦波動砲発射態勢!
 各部署不要なエネルギーを遮断し予備電源へ切り替えよ!』

 ヤマト全艦に波動砲発射準備に伴うエネルギー抑制警報が鳴り響き、艦内の緊急性の低いエネルギーが切断され第一艦橋も赤暗い非常灯に切り替えられる。

「波動エンジン内圧力上げろ! 非常安全弁全閉鎖!」

『波動エンジン全力運転、全エネルギー艦首波動砲へ・・・ 強制注入機作動!』

『強制注入機作動します』

 波動砲最後尾のシリンダーにある波動エンジンよりのエネルギーを受け取る挿入口のゲートが四方に開き、波動エンジンのエネルギーをダイレクトに波動砲へ導く巨大な注入機を待ち受ける。

「古代。 波動砲用意!」

「は、波動砲用意・・・」

「島。 躁艦を古代に渡せ」

「ようそろー 舵中央。 古代、渡すぞ!」

 島は航海長席から左隣に座る古代を見詰めるとタイミングを計って操縦舵から手を離す。
 静かに航海長席の操縦舵がコンソール内に引き込まれると、代わりに戦闘班長席の左側に設けられた予備躁艦用スティックの表示が作動中を表すグリーンに切り替わる。

「了解。 戦闘班長、躁艦頂きました」

「うわぁ!」

 元々、安定した躁艦よりも戦闘時の素早い機動を主に考えられている戦闘班長席の躁艦スティックは敏感に作られており、大型艦の躁艦に慣れていない古代が不用意に握った瞬間に艦底から響く鈍い軋み音とともにヤマトの船体が大きく揺れる。

「ああ・・・」

 第一艦橋要員の反応に緊張した照れ笑いを浮かべて周りを見渡すと、古代は改めて左手の躁艦スティックを意識して静かに握り直したが、古代の癖を取得したコンピューターの自動補整により今度は安定した姿勢を崩すことはなかった。

「波動砲安全装置解除!」

「安全装置解除! セーフティロックゼロ!
 圧力発射点へ上昇中・・・ 最終セーフティ解除!」

 波動砲強制注入機上部に備えられた二つの安全ロックが次々に解除され、強制注入機の動きを妨げる最後の物理的な制限装置がなくなった。


「ヤマト。 目標への軸線に乗りました」

「姿勢制御固定!」

 南部砲術士の報告に古代がコンソールパネルの操作を行うと、船体周囲からコンピューター制御の姿勢制御用バーニアが噴射されてヤマトの姿勢を自動制御するとともに、躁艦が左手の予備スティックから最終微調整を行う波動砲発射装置の照準器銃把に受け渡され連動される。

「ターゲットスコープオープン!」

「電影クロスゲージ、明度20! 目標、前方12時方向のガミラス艦隊!」

 戦闘班長席の中央上部に備えられている波動砲用の照準器とトリガーが一体化した発射装置が競り上がり所定の発射制御位置に固定されると、古代は若干緊張した表情で初めて操作する銃把を握り巨大な大砲と化したヤマトの波動砲発射体勢を取る。

「艦首波動フィールド。 広域モードへ」

『広域モード生成確認』

 ヤマト艦首の波動砲口では波動砲のエネルギーを成型指向させるためのフィールドが生成され、まるで小さな光の粒が波動砲口の周りに集まって来ているように見える。

 主砲の射程距離に入ってきたガミラス艦隊からも砲撃が開始され、ヤマトの周囲へ多数の眩いビームが集中されており、命中弾による衝撃も艦橋へ伝わってくる。

「距離! 4,200宇宙キロ!」

『エネルギー充填100%』

〈本当に、あの大艦隊を止められるのか・・・〉

 波動砲の発射準備が全て整ったことを知らせる機関室からの報告を聞きながら、地球人類にとって全く未知の膨大なエネルギーの発止を握る古代の緊張感は限界へと近付いていた・・・


「待て古代! まだだ」

 押し寄せる極度の緊張感のなか、発射に入ろうと銃把に力を込めたところで沖田艦長に制止され、驚いたように我に返り改めて肩の力を抜き銃把を握りなおす古代。

「艦首右舷発射管被弾!」

『エネルギー充填120%!』

「波動砲薬室内圧力限界です!」

 第一艦橋に響き渡る南部砲術士の緊迫した報告を聞きながら、あくまでシミュレーション上でではあるが波動砲の持つ破滅的な威力を知っている沖田は、全ての罪を一人で背負うように改めて最終的な発射命令を直接発する。

〈ワシは地獄を彷徨うことになっても・・・〉

「波動砲発射10秒前! 総員、対ショック対閃光防御!」

 徳川機関長と南部砲術士の報告に頷いた沖田艦長の最終的な命令により自動的に第一艦橋の前面窓には対エネルギー遮光フィールドが降りるが、艦橋をはじめ外部が直接見える部署に居る者は更に対閃光用の特殊な防護グラスを掛けると共に、徐々に人類にとって全く未知のエネルギー兵器である波動砲発射に対する緊張感が高まっていく。

「発射5秒前・・・4・・・3・・・2・・・」

「波動砲〜 発射!!」

 古代の指先に引かれたトリガーに連動して、艦中央部では波動エネルギーの強制注入機が巨大な波動砲シリンダーへ前進し波動エンジンからの膨大なエネルギーを艦首の波動砲へ伝える。

 まるでヤマト艦首の波動砲口で超新星爆発があったような眩い光の玉が一瞬凝縮されたように見えた瞬間、一瞬で見る者の網膜を焼くほどの強烈な閃光と時空が歪む奇妙な光の輪を発して巨大な次元エネルギーの奔流が前方へ向けて猛烈な速度で迸る。
 


 ヤマトより4,000宇宙キロ隔てた空間で密集隊形を組む敵艦隊全域を包み込むように広がった次元波動波の奔流は、前衛のデストロイヤー級駆逐艦数隻を一瞬で素粒子レベルにまで粉砕すると、後続の敵艦を次々と崩壊させながら艦隊全てを時空の狭間へと押し流していく。

 一瞬の宇宙全てを覆い尽くすような猛烈な閃光が過ぎ去った後、周囲空間を圧倒的な存在感で埋め尽くしていた大艦隊の姿はなく、替わりに宙域に広がる不気味に発光するイオン化した素粒子の雲の中に点々と見え隠れする僚艦の影になるなど運良く生き残った数隻のガミラス艦も全てが大きく損傷しており、見る陰もなく激減したしたその姿は戦闘を継続することは不可能に思えるほどだ。

「シュ・・・ シュルツ司令・・・」

「な、何だ今の武器は・・・ 艦隊が・・・ 全滅か・・・」

「シュルツ司令! 最早これまで・・・
 ここは、地球人捕虜を通じて敵艦との交渉を・・・」

 波動砲に破壊されて燃え上がる味方艦の強い光に照らされて、眩しいほど明るくなった旗艦艦橋に二人の姿がシルエットとなって映し出される。

「わ、我々はガミラス軍人だ! そんなことが出来るか!!
 全艦体当たりをしてでも攻撃を続行せよ!」

「?!」

 出身身分の違いによる偏見から、純粋ガミラスである軍人貴族の出ではない下級士官からの叩き上げで今の地位を築いてきたシュルツ司令の良く言えば慎重、悪く言えば積極性に欠ける指揮に不満を持っていた副司令のガンツは、この司令の固い決意に驚いたが・・・

「ガンツ。 これがガミラス軍人の運命だ! 諦めろ」

「・・・・・・」

 想像もできない壊滅的な損害に混乱する艦隊将兵を他所に、まるで別の時空間にでもいるように普段と変わらない落ち着いた態度で艦橋の亜空間通信端末を握ったシュルツ司令は、ガンツに続いて生き残った艦隊全艦に向けて最後の命令と訓示を静かに伝える。

『オリオン方面空間機甲軍の勇士達よ、長いようで短い付き合いだった。
 我々は、これより敵戦艦に対する最後の突撃を敢行する!
 もはや、命を捨ててもガミラス軍人としての名誉を守るしか方法はないのだ』

 それぞれの艦、それぞれの部署でシュルツ司令の訓示を声もなく聞くガミラス兵士達・・・

「諸君の未来に栄光あれ・・・」

 一瞬、モニターカメラから目を離し遠くを見詰めたシュルツ司令の脳裏に、これまでの83年間の軍歴で連綿と築いてきた過去の栄光と苦難の歴史、ガミラス本星で自身の帰りを待つ家族の姿が走馬灯のように蘇り様々な思いが駆け抜けていく・・・


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「あなた。 今度の任地はずいぶん遠くのようですけれども、また長くかかるのですか?」

 閑静なガミラス帝星首都郊外に造られた、少し古びた高級士官用官舎の簡素な家具が置かれた居間で、隠せない内心の不安を懸命に抑えながら普段通りに夫の出征準備を馴れた手つきで手伝う妻から、普段は滅多に袖を通すことのない綺麗にプレスされたガミラスグリーンを基調とする上級兵科士官用制服上衣を受け取りながらシュルツは優しく答える。

「いや、5年か、長くかかっても10年だろう・・・
 お前には今まで苦労をかけたが、今度の任務が終われば昇進して帝星司令部勤務だ。
 退役後の恩給も上がるし、お前にも少しは楽をさせてやることができる・・・」

 元々は貴族の末裔であったレイフォールド家のエルバと出世の糸口として結婚したシュルツではあったが、ほとんど辺境宇宙から帰らず戦場を駆け回り続ける何の伝手もない下級士官の自分に、愚痴一つ言わずに長年連れ添ってくれた妻に深い愛情と感謝の気持ちが自然に溢れ出てくる。

「わたしは、あなたが無事に帰ってさえくれれば何もいりませんよ」

「狡猾なボラーの灰色熊どもやアンドロメダのハゲタカ連中と違い、
 今度は辺境の蛮族討伐だから、何も心配はいらないさ。
 それに、私は司令だから危険な場所には出なくて済む」

 いつも着慣れた一般兵士と見分けの付かない土色の耐圧式戦闘服と違う糊の効いた堅苦しいガミラスグリーンの詰襟の制服に、シュルツは鏡の前で首周りを指で広げながら自身の背後に映った妻のエルバを安心させるように笑いを含んだ返事を返す。

「それなら、いいのですけれど・・・」

「ねぇ、おとうさん。 お仕事、早く終わらせて帰ってきてね」

 若いころの弾けるような輝きは薄れたが、年を経ても変わらぬ清楚な美しさを湛えた顔に憂いを表す妻の言葉に、初めて出会ったころの妻を思い起こす少女の若々しい弾んだ声が被さって聞こえてくる。

「ああ、イリヤ。 いい子にしているんだぞ。
 帰ってきたら、お前の婿を探さなくてはならんかもしれんな?」

「まぁ〜 いやな、おとうさん!」

 年を取ってからようやく出来た孫のような一粒種の自慢の娘に、普段の任務中では考えられない屈託のない笑顔を見せながら振り向いたシュルツの耳にイリヤの弾けるような明るい笑い声がいつまでも心地よく響いていた・・・


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


〈エルバ、イリヤ、済まない・・・
 9,000人の部下を失った私には、他に取り得る選択肢はないのだ〉

「諸君! これだけは、覚えておきたまえ・・・
 我らの前に勇士なく、我らの後に勇士なしだ!」

 旗艦艦橋でも誰も一言も発しない張り詰めた空気の中で、ガンツ副司令も瞬きもできずに無言でシュルツ司令の大きく見える背中を背後から見上げていた。

「よし! 行くぞ!!」

 ガンツ副司令はシュルツ司令の揺るぎない決意に、それまで何処かしっくりいっていなかった司令に対する思いを最後に当たって改め、心からの忠誠を誓ったのだった。

「はい、司令・・・ どこへでもお供いたします・・・」

 司令の悲壮な覚悟とそれに伴い必然的に訪れる自分の運命を知ったガンツは、それまでの上目遣いに伺う猫背な姿勢を改めると、普段の態度からは想像もできない初めての総統閲兵に並んだ新兵の時のように完璧な姿勢で右腕を直角に広げたガ軍式の敬礼を行い、自らの決意を表す言葉を静まり返った艦橋へ響き渡るように真っ直ぐに見詰めたシュルツ司令へ捧げた。

「我らシュルツ司令と共に!」

『我らシュルツ司令と共に!! 大ガミラスに勝利と栄光を! デスラー総統万歳!!』

「うむ・・・」

〈すまない・・・ わたしの指揮が未熟なばかりに・・・〉

 ガミラス銀河攻略総軍オリオン方面空間機甲軍シュルツ司令の最後の命令により、徐々に加速しながら真っ直ぐにヤマトへ向かって突撃を続ける傷付いた数隻のガミラス艦隊。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「こ、これが次元波動砲の威力なのか・・・?!」

「あれほどの艦隊が、跡形もなく・・・」

「まるで虐殺ではないか・・・ 我々にこんなことが許されるのか・・・」

 波動砲の余りの破滅的な威力に戦闘中なのも忘れて、その場で固まったようにビデオパネルを見続けていた艦橋全員を太田航宙統制官のレーダー報告が現実に引き戻す。

「敵残存艦隊近付く! 距離2,600宇宙キロ!」

「まだ、退かないのか・・・」

「波動エンジン再始動。 主砲発射急げ!」

『フライホイール接続。 波動エンジン再始動よろし』

 一足早く現実に戻った沖田艦長の命令に復唱して、徳川機関長は補助エンジンの動力により作動させている量子フライホイールを使って全エネルギーを失って停止していた波動エンジンを再始動させる。

「波動エンジン再始動確認よし。 炉内エネルギー上昇中」

「第一、第二砲塔、主砲発射用意はじめ!」

 波動砲発射により失ったエネルギーが回復していくと共に、古代は急速に主砲発射準備を整えていくと、南部砲術士のサポートを受けて敵艦を射界に収められる第一、第二砲塔で射撃を行う。

「敵艦測的よろし!」

『波動エンジン出力回復12%』

「主砲斉射第一射法」

「撃ちぃ方はじめ!」

「てっ!」

 繰り返されるヤマトの強力な主砲斉射により次々と味方艦が傷付き撃破されていくなか、たじろぐことなく突撃を続ける一握りの残存ガミラス艦が急速にヤマトへと迫ってくる。

「敵大型艦ヒト、艦首正面! 衝突針路!!」

「近接戦闘!!」

「くっ!」

「航海、針路そのまま! 敵に横腹を晒すな!」

 反射的に舵を切りそうになるのを必死にこらえている島航海長へ沖田の鋭い命令が飛ぶ。

「よ、ようそろー」

「古代! 正面の敵大型艦に火力を集中」

「了解! 南部!」

「主砲一番二番、手動管制へ移行!」


 ヤマトの正面から直近へと迫ったガミラス艦隊は、最後に残ったシュルツ司令の巨大な旗艦が主砲の集中射により全艦火達磨になりヤマトの直前で撃破されることにより戦闘は突然終了した。


「大ガミラス帝星に栄光あれ! デスラー総統万歳!!」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと354日・・・ あと354日−
 

 
 Episode 3.6 太陽系との別れ
Separation with the solar system


 冥王星軌道上で、これからの外宇宙航行へ向けての最終的な船体整備が技術班を中心に念入りに続けられる中、中央情報作戦室では集まったメインスタッフを前に島航海長が床面の大型立体モニターを使ってヤマトの航宙スケジュールについて説明を行っている。

「ガ軍との戦闘や船体の修理調整作業等による遅れがあったとはいえ、我々はこの冥王星軌道付近までの航行に既に4週間近くを費やしています。 このペースで航行を続ければ一年でのイスカンダル往復航宙は絶望的といわざるを得ません」

 航宙図の予定航路には、地球防衛軍司令部ヤマト計画本部が作成した10日で太陽系を抜け、20日で銀河系、65日で中間地点のバラン星、110日でイスカンダル到着、30日間の放射能除去装置受取りと船体整備の後、戦闘等による予備日30日を加えても270日後には地球帰還との元々から厳しい予定航路図が描かれていた。

「うむ。 我々はこれまでテストと調整を兼ねた小ワープしか行ってこなかったが、太陽系から出て障害物が減ることに合せて、ここから一日二回最大距離600光年のワープを行い遅れを少しでも取り戻す」

「大ワープ?!」

 沖田艦長の大ワープ宣言にスタッフにざわめきが起きるが、いよいよ人類が経験したことのない太陽系外の空間へ出て行く実感に気持ちを新たに引き締めていた。

「恐らくこの大ワープを行えば地球との交信はおろか太陽系すら見分けられないはどの彼方の空間へ出ることになるだろう。
 よって、今日は乗組員の希望者全員に一分間の地球との個人交信を許可しようと思う・・・」

「各自、思い残すことのないように暫しの地球との別れを行うように」

 沖田艦長は意識して暫しとの言葉を強調していたが、母なる太陽系を離れ未知なる外宇宙へと乗り出そうとしている今、ヤマトに乗り組んだ誰もが家族との最後の別れを行うようにという言葉の意味が深く心に染込んだ・・・


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「地球防衛軍司令本部でました。 遠距離ですのでノイズが入ります」

『沖田君。 随分遠くに行ったな・・・ どうかね、ヤマトは?』

 相原通信士により地球司令部が呼び出され、さすがに遠距離によるノイズが入るが、距離に伴うタイムラグがない、光より速いタキオン粒子を使った距離を感じさせない亜空間リアルタイム通信によりヤマト第一艦橋のメインスクリーンに藤堂長官の姿が映し出される。

「ヤマトは健在です。 しかし、通信はこれが最後になると思います」

『うむ。 貴官らの活躍によるガミラス火星基地の壊滅で放射能汚染の広がりは止まったが、
 生存への一縷の望みであるヤマトが遠くなるにつれ人々は不安を抱き始めている。
 人々は、その余りにも困難な29万6,000光年の旅を思い再び絶望しつつあるのだ。
 しかし、私は信じているぞ。 沖田君、そして諸君たち全てを・・・』

 沖田艦長には既に分かっていることとはいえ重い責任が自分の肩に食い込むように感じ、無言のまま身じろぎもせずにスクリーンの藤堂長官を見詰め続けていた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「さぁさぁ〜 今日は大奮発ですからね。 遠慮せずにやってくださいよ」

 ヤマト船務班烹炊科の新谷コック長(烹炊長)も、普段の備蓄食料を気にしながらの決まりきった調理から開放されて、久々に自慢の腕を振るえる嬉しさを顔一面に表しながら烹炊所から出てきていた。

「いやぁ〜 本当に久々の御馳走だな〜」

 今回の個人通信に合せて久しぶりに酒保も開かれ当直に当たっていない乗組員にはアルコール摂取も許可されたことにより艦内には和やかな雰囲気も漂っていたが、宴会場となっている展望大ホールでは沖田同様に一人ノンアルコール飲料をちびちびと飲んで回りから浮いている人物がいた・・・

〈古代・・・〉


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「いや〜 何て言おうかな〜」

「これが息子の写真だよ」

「おお〜 可愛いね〜」

「髭剃った方がいいかな・・・」

 空間騎兵隊員12名を含めた総員126名のヤマト乗組員は、それぞれに浮き立った気持ちを抑えきれずに近くの仲間と会話をしながら井之上船務班長の誘導の元、順番に通信ルームに案内されると懐かしい家族と短い通信を交わしていく。

「通信室へ入ったらIDナンバーを打ち込んでください。
 交信は一人一分です。
 公平を期すために自動的に切れるようにプログラムされていますので、
 話し残すことのないよう各自、前もって考えて置いてください・・・」


「おっ 次は島の番か? 次男の奴がなぁ、ワシと同じ船乗りを目指すと言ってくれてな・・・」

「そうですか・・・ 血は争えませんね」

 赤く腫らした目で通信室から出てきた徳川機関長は、通信の順番を待つ長い列の先頭グループに島航海長を見掛けると少し照れたような、困ったような表情で声を掛けたが、笑顔で答える島に寂しげな笑みを残すと艦尾方向へ向かって消えていった。

「もうフネなんて、ほとんど残っちゃおらんのにな・・・」

「徳川さん・・・」


 通信制御装置を除くと一畳ほどの狭い通信ルームに入った島大介は、コントロールパネルにタッチして認識番号を入力することで正面モニターに懐かしい一人息子の顔が大きく映し出されるとともに、カメラの映像範囲から外れた背後から妻の声も聞こえてくる。

『ほら。 パパよ』

「次郎! 元気か?」

 元気な息子の顔に笑顔一杯の表情で話しかける島の問いに、モニター下部にテロップが表示されていく。

”パパは?”

「ああ〜 パパは元気さ。 なるべく早く帰るからな」

 笑顔を浮かべて話をする島に、モニターの中で手元のパネルを見ながら懸命に文字を入力している言葉を話せない次郎の姿が見える。

”パパいないとさみしい”

「・・・ 絶対に帰るから、放射能除去装置を持って帰るからな!」

 息子の言葉に、これで最後になるかもしれないという自分の感情が溢れ出だしそうになるのを必死にこらえて、島は硬い笑顔のまま自身の不安な気持ちを覆い隠すよううに明るく息子に約束を返す。

”やくそくだよ”

 笑顔で頷いた次郎は続けて文字を入力して答えた。

「約束だ! 次郎・・・」

 無理に作った笑顔一杯で敬礼の真似事をして見せながら言葉を続けようとするが、無常に響く交信終了を告げる無機質なコンピューターの音声に遮られる。

『交信終了です』

「次郎・・・」

 あっという間に一分間が過ぎ暗くなった通信モニターに、いつまでも幼い息子の笑顔を見続けている島の丸めた背中が小刻みに震えていた。


 ブラックタイガー隊パイロット山本明二等宙尉の前のモニターには、様々なチューブや電極の繋がれた状態でベットに寝かされている少女の姿が映っていた。

「玲。 どうだ体調は?」

『ええ・・・ 最近は調子がいいのよ』

 兄に心配を掛けまいと努めて明るく振舞う妹の健気さに胸が締め付けられる思いであったが、地球を出る前に最後にあったときより更に小さく見える妹に山本も意識して明るく応じる。

「俺が放射能除去装置を持って帰れば、そんな病気なんて直ぐに治るからな!」

『うん。 お兄ちゃんこそ無茶しないでね』

 遊星爆弾の被爆により放射線病を患う妹の消え入りそうな声が痛々しいが、両親を亡くしてから親代わりに育ててきた山本にとって妹は只一人の血の繋がった家族だった。

「俺は不死身だ! 心配するな!」

『うん。 玲の分まで・・・』

 莫大な妹の治療費を稼ぐために危険な航宙機パイロットを志願した山本にとり、放射能除去装置を妹に届けるまでは何があっても生き抜く覚悟をしてヤマトに乗り組んだのであった。

「バカ言うな! 二人で生きるんだ! 俺を一人にするんじゃないぞ!」

『そうだね。 がんばる・・・』

 激しい苦痛に耐えながら笑顔を作って頷く妹の姿のまま暗くなったモニターに、それまで耐えていた涙が流れ落ちる山本の顔が映りこんでいた・・・

『交信終了です』


 通信ルームのコム端末前に斜めに座った空間騎兵隊隊長の斉藤始は、モニターに映る母親の姿に照れ隠しでぶっきら棒に答えていた。

『お前、体は大丈夫かい? 風邪引かないようにするんだよ』

「大丈夫! 大丈夫だよ。 ほら、バカは風邪引かないっていうだろうよ」

 側にいると口煩い母だが、離れて聞くとかえって気持ちが伝わってくるようで、照れくさくてどう対応していいか戸惑っている斉藤に構わず年老いた母は一方的に語り続ける。

『寝るときはお腹にタオルを掛けて寝るんだよ。 お前は、直ぐにお腹を壊すんだから』

「ああ・・・」

 いつまでも子ども扱いの母に照れ笑いを繰り返すが、明日をも知れぬ生死の狭間で戦っている高ぶった自分の心が僅かな時間でも和んでいくように感じるのがありがたい。

『ほらっ 八幡様のお守り、ちゃんと持っているかい? あれ持っていると弾が避けていくんだよ』

「ああ・・・ 持ってるよ」

 斉藤は笑いながら頷くと、軍に入るときに母から貰って肌身離さず首から掛けているお守りを取り出しモニターに向かって差し出した。 実際、御利益のお陰か空間騎兵の97%以上が戦死した火星域会戦でも斉藤は無傷で帰還したのだ。

『それからね。 お前・・・』

 今生の別れなどとは信じたくない、迷いのない瞳で一心に自分に見詰め続ける幼子のころの思い出・・・
 まだまだ言い足りないようにモニターカメラに向かって乗り出しながら懸命に語りかける老いた母の顔を最後に写したまま音声とともに通信モニターが黒く消える。

『交信終了です』

「心配し過ぎだよ・・・」

 斉藤は暗くなったモニターに母の愛を感じながらお守りの感触をしばらく確かめていた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 艦長室のドアがためらいがちにノックされ古代の少し迷ったような声が続く。

「艦長。 宜しいですか?」

「来たか古代。 ワシもお前と合いたかったよ」

 俯き気味に気密ドアをくぐり入ってきた古代に沖田艦長は明るく語りかける。

「はぁ?」

「今日はお互い居る所がないからな・・・ どうじゃ、一杯?」

 沖田艦長は小さく笑いながら答えると、右舷側に作り付けられた書棚のデータファイルを数冊よけて奥に隠してあった酒とグラスのホコリを制服の裾で軽く拭いながら古代の前へ持ってきた。

「佐渡先生には内緒だぞ」

「はっ はぁ・・・」

 沖田艦長は普段見せない悪戯っぽい笑顔を見せながら、旧日本海軍以来伝統の酒造メーカーで醸造された18年物のシングルモルトをダブルに注いだ大きめのショットグラスを戸惑う古代に手渡すと、今や記憶の中にだけ存在する生まれ故郷の京都郊外山崎を思い出すように、ほとんど手付かずのボトルに張られた懐かしいラベルを眺め、そのまま靴を脱いで直接艦長室の床に胡坐を組んで座り込んだ。

「ほら、突っ立ってないで座れ」

「は、はい」

 見上げる沖田と同じように靴を脱いで向かいに座り込んだ古代は、艦長から受け取った深い琥珀色を湛えた液体の入ったグラスを久しぶりの香を楽しむかのようにしばらく眺めていた・・・

 毎夜襲いくる悪夢を忘れるために浴びるほど呑んだところで過去の記憶を消すことは出来ないと悟った4年半前からアルコールを摂っていなかった古代は、渡されたグラスの上で揺れる照明と星の光をただ見詰めていたが、沖田に促されると苦い思いとともに一気に喉の奥へ流し込んだ。

「おお〜 いい飲みっぷりだ」

「艦長。 もう一杯」

 喉に絡んだ久しぶりの強いアルコールに軽くむせながらも何とか平静を装った古代は、硬く閉じていた瞳を開くと右手に持った空になったグラスを沖田に向かって差し出した・・・

「そうこなくっちゃ・・・」

 楽しげに古代の差し出すグラスに再びダブルに注いだ沖田は、続いて自分のグラスにも僅かに注ぐと沸き立つ芳醇な甘い香を懐かしむようにゆっくりと口元へと運んだ。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 交わす言葉の代わりに沈黙の中でどれほど時間と杯を交わしたのか、暫くすると古代の若い飲みっぷりを楽しげに眺めながら舐めるように一杯のシングルをチビチビと飲んでいた沖田艦長が突然立ち上り、訝しげに見上げる古代を他所に狭い艦長室の背面にある気密扉へと向かっていった。

「古代! ワシはこれから我が故郷(ふるさと)に別れを告げるぞ!」

「艦長・・・」

 狭い廊下に作られた小さな窓から地球の方角をしっかりと見詰めた沖田は、古代も驚く大声で地球へ向かって語り掛けた・・・

「さようなら〜! 必ず還ってくるからな〜! 達者で暮らしていろよ!」

「古代! お前も挨拶せんか!」

「はっ はい!」

 沖田艦長に強い口調で促された古代は、久しぶりに摂った強いアルコールにふらつく身体で艦長の横に立つと、大きく手を振りながら艦長に合せて大声を出し続けた・・・

「さようなら〜! さようなら〜! さようなら・・・」

 艦長室のモニターに小さく映し出されていた赤い地球も次第に遠ざかり、いつしか他の無数に散りばめられた星と見分けが付かなくなっていく・・・

(俺たちは必ず帰ってくる、ここへ・・・ 故郷へ・・・)

 定格運転を続ける波動エンジンの力強い作動音を艦内に僅かに響かせ、前人未到の未知の世界へと突き進むヤマトの前方には、ただ無限に広がる漆黒の闇と無音の宇宙空間、そして希望となる微かな星の光が果てしなく続いていた・・・


 あの娘が振っていた真っ赤なスカーフ 誰のためだと思っているか
 誰のためでもいいじゃないか みんなその気でいればいい
 旅立つ男の胸にはロマンのかけらが欲しいのさ
 ラララ・・・ ラララ・・・ 
 ラララ 真っ赤なスカーフ♪

 必ず帰るから真っ赤なスカーフ きっとその日も迎えておくれ
 今ははるばる宇宙のはて 夢を見るのも星の中
 旅立つ男の瞳はロマンをいつでも映したい
 ラララ・・・ ラララ・・・ 
 ラララ 真っ赤なスカーフ♪


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと338日・・・ あと338日−
 

 
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