「我々の旅が成功するもしないも、まず第一に波動エンジンの超光速航行テストに掛かっている。
往復29万6,000光年という旅を一年以内に成し遂げるには光の速度でも全く不可能なのだ。
その時間短縮をするのがワープ航法というものなんだが・・・ 真田君、説明を頼む」
第一艦橋の倍ほどの広さのあるヤマトの中央情報作戦室に20人ほどの第一艦橋基幹要員と各科長以上のメインスタッフが集合するなか、沖田艦長の発言に促されて真田技師長が床面中央部から部屋全体に大きく映し出されている立体CG映像を3Dポインターで示しならが説明を行う。
「はい。 それでは私から多次元空間歪曲転移航法、いわゆるワープについて説明します」
床面の立体モニターに円や波状の様々な図形が表示される中、真田技師長が丁寧に説明を続ける。
「ワープとは相対性理論に矛盾することなく実質的に光よりも速く航行する方法の一つです」
「我々は通常の縦・横・奥行きという三次元空間が時間軸に沿って連続し、リング状、または波状に繋がったものを四次元の時空間として認識しており、普通はこの時間軸に沿って流れる時空間を進んでいくわけですが、多次元ワープ理論では量子力学における不確定原理から汲み出される事実上無尽蔵ともいえる強力な次元波動エネルギーを使って時空連続体の構造自体を歪め畳み込むことにより、通常の時間軸を通らずに超弦(スーパーストリングス)理論上の一つ上の次元空間を通り抜けて出発点から目標地点へ一切の時間経過なく一気に飛び越えることになります」
モニターには規則的な波形を描く時空間に沿って移動していた光点が時間軸に沿って急激に縮まり、接触した時空間の波の頂点から頂点へと移動するワープ理論の単純な概念図が映し出されている。
1905年の提唱から300年近く経った22世紀末の現在でも、数々の追試と細かな修正を加えられながら確固たる基盤を築いているアインシュタインの相対性理論は、重力子と反応する粒子を含む ― いわゆる質量のある物体の通常時空間における光速以上での移動を不可能としており、通常時空間ではないより高次の次元空間を利用することにより、直接的に速度を上げるのではなく実質的に距離を縮めることにより理論に矛盾することなく極超光速航行を実現しようとしているのだ。
一方で微視的現象を扱う量子力学では、素粒子レベル以下の微小な対象においては、どのように巧妙に考えられた思考実験であっても測定しようとする行為自体が対象に大きな影響を与えてしまう(計測するために当てた光電磁波等の粒子自体のエネルギーが同程度の質量である対象粒子を弾き飛ばしてしまう)ために対象の状態を正確に特定することが理論上できないという不確定性が存在する。
そのため、素粒子レベルでは物体は粒子であると同時に確率論的な波動としても存在し、各々が持っているエネルギーも理論的に観測不可能な不確定性の範囲内で増減する。 その、20世紀には謎のダークエネルギーともされていた、まるで無から発生するようにも見える素粒子エネルギーの極微小な揺らぎを無数に集め統制増幅するのが次元波動機関だと地球の理論波動物理学では考えられている。
「ただ実際のワープはこんな簡単なものではなく、ワープに入る時点とワープ空間から出る時点の僅かに残る時空の歪みが船体強度の耐えうるレベルにまで揃った瞬間に合せて行う必要がありますし、当然のようにワープアウトする空間に障害物などがあっては破滅的な結果を招きます。
微小な物体はワープ実施時に自然発生する次元波動による干渉作用で排除されますが、もし万一大質量同士の時空重複反応が起きた場合、一気に開放された次元波動エネルギーと強度に歪んだ時空間の相互作用で部分的に時空が崩壊する可能性すらあり得るのです。
そうなれば、我々の生きているこの時空の宇宙は消滅し過去未来その存在自体がなくなります・・・」
「つまり、どれほど強力なエネルギーを発生する波動機関があっても現状ではワープアウトする空間地点を正確に探知できる距離でしかワープはできないということですが、技術班では現在このワープ可能距離を伸ばすためにワーププローブを開発中です」
「真田さん。 そのワーププローブというのは何なんですか?」
分からない言葉に、思わず古代が質問すると、
「簡単にいうと、超小型の探査機に次元波動エネルギーを充填した簡易ワープドライブを取り付けたもので、ヤマトのワープアウト想定地点に事前にワープさせると、周囲100宇宙キロ範囲をレーダー探査してヤマトに探知できない障害物があった場合は自爆して排除するようになっている。 それをヤマトの長距離コスモレーダーで探知することで安全を確保するというわけだ。 これが完成すれば一回のワープ可能距離を現在の最大600光年から1,000光年程度に伸ばすことが可能となるだろう。
しかし、ワープ可能距離に変化があったとしてもワープ自体は万に一つの失敗も許されないということには全く変わりはない・・・」
「島、太田。 運行、探査に関する責任者として事は重大だぞ」
「はい」
「はい!」
島航海長と太田航宙統制官の緊張した返答に無言で軽く頷くと、沖田艦長は改めてスタッフ全員に向けて何時もと変らない落ち着いた態度で説明を続けた。
「今回のワープテストでは、真田君とも話し合って月と地球の引力の影響が少なくなった地点から最短距離での実行を計画しているが、ワシは火星域へのワープを行おうと思っている」
「艦長。 火星にはガミラスの基地がありますが?」
「それに、航路からすると反対方向になります」
沖田艦長は真田技師長と島航海長から発せられた当然の問いに頷きながら、スタッフのざわめきが収まるのを辛抱強く待ってから続けて具体的な説明を行っていった。
「うむ・・・」
「これから我々が行う大マゼラン銀河イスカンダルへの大航宙は、予定航程から遅れることなく進んだとしても往復で一年近くも掛かる。 しかし、現在の彼我の戦力差を考えれば、その間ガミラスが地球へ侵攻しないなどとはどれほど楽天的に考えてもあり得ることではない。
つまり、どれほどの危険を冒してでもイスカンダルへの旅の前にガミラスの火星基地だけは何としても破壊しておかなくてはならんのだ。 そのためには本艦が超光速航行能力を持っていることをガミラスに知られていない今この機会しかないとワシは思う」
大事な旅の前にあえて危険を冒すことに疑問を持ったスタッフたちも、沖田艦長の明確で論理的な説明に頷くしかなかった。
「基本計画としては、火星の引力影響圏外縁部にワープアウト。 ガミラス基地が対応を取る前に、そのまま通常空間を全速で航行しながら全主砲と誘導弾で攻撃して衛星軌道上を火星引力を利用したスイングバイにより一気に加速離脱する」
「攻撃は敵の基地だけですか? 艦隊はそのままでいいのでしょうか?」
南部砲術士の質問に頷いて、沖田艦長は質問に答えながら説明を続ける。
「敵艦隊を残して行くのは確かに地球にとって脅威だが、補給整備を行う基地機能を破壊してしまえばガミラスといえども母星を離れた太陽系で長期間活動することはできないだろう。
これから長旅を行う本艦に取っての危険を考えれば艦隊戦は極力行わないつもりだ」
地球防衛艦隊総力を挙げた50余隻をもってしてもカスリ傷しか与えることができなかった敵艦隊。 何としても29万6,000光年の往復航宙を成しとげねばならない指揮官にとって、ヤマト単艦で、その300隻を超えると考えられている強大な艦隊とまともに戦うという選択肢を採ることはできない。
「古代。 ガミラス艦隊の反撃を考えれば一回切りの航過で基地を撃滅しなければならない。
やり直しは利かんぞ・・・ 島と十分に打合わせて必ず成功させるようにせよ」
「はい」
「分かりました!」
「ワープ実施時は、万一に備えて総員船外服着用のこと。
よし。 質問がなければ、直ちに準備に掛かれ!」
沖田艦長の最終的な命令に敬礼から直ったスタッフ全員が一斉に中央情報作戦室を駆け出し持ち場へ向かうが、沖田はしばらくの間モニターの光を下から浴びながら考え込むように立ち尽くしていた。
* * * * * * * * * * * *
「んん? ああ・・・ ありがとう。 現役復帰早々の大仕事だったな、古代」
ヤマトの艦内食堂兼休息室であるヤマト亭でワープ航行に関するマニュアルを読んでいた島航海長は、出しかけた右手に替わって少し慌てたように左手の方に持った悪くない香を立てる合成コーヒーを手渡しながら向かいのイスに腰掛ける古代の懐かしい笑顔に、時間も忘れて見詰めていた携帯コム端末から顔を上げると固まった首を回しながら照れたような笑顔を浮かべた。
「久しぶりに元気な顔を見て安心したよ」
「ああ・・・」
曖昧な笑顔を見せる陰のある島の答えに、質問を掛けようと口を開きかけたところへ数人のパイロットスーツ姿の男女がヤマト亭に入ってくると、真っ直ぐに古代たちの座っているテーブルへ近付いてくる。
「古代さん!」
「加藤・・・ 山本・・・ 古谷・・・ 飛田・・・ お前たち・・・」
「お久しぶりです! また、古代さんと共に飛べると思うと嬉しくて・・・
でも、今度の航宙隊チームトップは俺ですからね」
「お前たちも良い面構えになってきたな」
古代が現役だった5年前には、まだまだひよっこだった部下達のすっかり成長した姿に目を細めながら見詰める古代に、今や統合航宙団でもエースと呼ばれるまでになっていた加藤三郎一尉が懐から七面鳥が描かれたラベルの貼られた8年物のバーボンボトルを出すと、こればかりは昔と変わらない悪戯っぽい笑顔を向ける。
ここ数年の爆撃により伝統の醸造所もトウモロコシ畑も蒸発しており徐々に貴重な物となりつつあるが、敵機を七面鳥に見立てて飲み干すということで縁起を担いだパイロット達に昔から人気の銘柄だ。
「古代さん、内緒でこれ持ち込んだんですよ。 今夜は呑みましょう」
一旦港から出航してしまえば、非番で特に許しのあった場合と、止めても無駄な佐渡酒造以外は当然のように通常禁酒という規則になっている戦闘航海中の軍艦内で、地上基地にいるときと同じ感覚で大っぴらにアルコールのボトルを見せる加藤に、古代は慌てて周りを気にしながら声を潜めて注意する。
「お前・・・ あんまり大きな声を出すなよ」
久しぶりの再開に明るく笑い合う古代たちを他所に、人を寄せ付けないオーラをまとったように島と同じように陰のある表情で一人端のテーブルに座りビタミン強化ブルーベルー風味ジュースを飲んでいたパイロットスーツ姿の女性航宙士官が、激しく湧き上がる自分の感情を押さえつけるように背を向けて樹脂製のグラスを見詰めたまま背中越しにキツイ声を差し挟む。
「少し静かにしてもらえませんか!」
「何だよ森! お前だって古代さんの部隊に居たじゃないか?」
「もっとも、こんなオムツをした赤ちゃんだったけどな」
軽くからかったつもりで笑い合う加藤たちに突然席から立ち上がった森雪の表情は只事ではない。
振り向きざまに加藤たちを無視して真っ直ぐに古代へ詰め寄った森雪は厳しい表情のまま設問する。
「古代さん。 何で今ごろ戻ってきたんですか? なぜ、あの時いなかったんですか!」
「あの時?」
緊張感に欠けた疑問系の古代の返答に、それまで耐えていた感情があふれ出すように更に厳しくなった言葉で森雪は厳しく問い詰める。
「火星域で艦隊が全滅した時よ! 古代提督が亡くなられた時よ!
島さんの居た第一機動艦隊も生き残ったのは五十人ほど・・・
第一遊撃艦隊も・・・ 航宙隊で残ったのは私一人。
みんな、みんな死んだわ!!
その時、あなたは何処で何をしていたのよ!!」
「・・・・・・」
〈提督・・・? 二階級特進か・・・〉
「その時、あなたは地球でのんびり鉄屑拾っていた・・・
ようするに、怖くて逃げてたんでしょう?
私は認めない。 あなだが、あの古代進だなんて・・・
命を惜しむ男だなんて・・・ 腰抜け!」
「森!!」
血相を変えて掴みかかろうとする古谷二尉を黙って止めた古代に、事の成り行きに静まり返っていた乗組員の冷たい視線にも全く動じることなく、キツイ一言を残した森雪は足早にヤマト亭を出て行った。
〈腰抜け・・・ 人を撃てなくなったファイターパイロットに相応しいな〉
5年前の予備役編入以来、緊張すると現れる右手の細かな震えに気付いた古代は、周りに気付かれないように努めてゆっくりと古谷を止めていた右腕を下ろすとカーゴパンツのポケットにそっと隠した。
* * * * * * * * * * * *
人類史上初となるワープの実施時刻が刻々と近付く中、慌しく準備が続けられている機関室に隣接した艦尾艦底部分の艦載機格納庫に華奢な身体に似合わない物々しい搭乗装備一式を付けて降りてきた耐圧服姿の森雪は、長く伸ばされた髪を纏めながら機体整備全般を束ねる技術班航宙機整備科長である仁科春夫一尉に声を掛けて自機のコスモタイガーへと向かっていく。
「機体で待機します。 準備願います」
「よーそろー。 BT-3、出すぞ!」
「了解!」
敬礼から直った森雪に頷いた仁科の発した命令に答えて、手持ち無沙汰にしていたベテランの坂東掌航宙機整備長を中心に数人の航宙機整備員達たちが一機のコスモタイガーに取り付き、発進準備の警報が鳴り響く低重力下の格納庫で手際よく出撃準備を進めていく。
「乗り込んだって、今回は目標が動かない対地艦砲射撃だから俺たち航宙隊の出番はないぞ」
「ベルトがあるからコックピットの方が安全かもしれませんね・・・」
「バカ! なにビビってんだよ!」
戦闘機搭乗員準備室でスクランブル待機という名の雑談をしていた山本や古谷などのブラックタイガー隊員たちが冷やかす中、纏め終わった髪をヘルメットに収めた森雪は無視してコックピットに乗り込むと淡々と機体のチェックを始めた。
「システムチェック開始・・・」
* * * * * * * * * * * *
第一艦橋では正面右舷側の航海長席に着いた島が、極度に緊張した面持ちで自席のモニターを睨みながら先程まで読んでいたマニュアルのチェックリストに従って一つ一つ入念にワープ手順を細かく確認して行くが、その余りの緊張感に耐えられなくなった古代が隣の戦闘班長席から声を掛ける。
「島、お前ならできる。 自信を持っていけ!」
「んん」
能面のように固まった表情のまま無言で頷き返す島の後方、艦橋後部中央の一段高い位置に置かれた艦長席から、沖田艦長のいつもと変らない冷静な口調の命令と訓示が肉声とコム端末を通して全艦へ伝えられる。
「ヤマト総員に達する。 本艦は月軌道を抜けたところで人類初のワープ航法へ入る。
この作戦に失敗したら我々はもちろん地球人類全ての破滅に繋がるのだ。
総員一層気持ちを引き締めて全力で任務を遂行せよ」
〈防衛軍中央スーパーコンピューターでのシミュレーションでは、ワープ成功確率68%・・・
もし本当に神や悪魔が存在するなら、ワシの命でよければ喜んで契約に差し出すぞ〉
艦長席から落ち着いた態度で指揮を取り続ける沖田に、人類初のワープへの最終準備を進めるクルーは内心に潜む消すことの出来ない不安を克服していくが、実際には、ただ一度の実テストすらしていない状態での初ワープ実施となる困難さを、代わって無数に行われたコンピューターシミュレーションの数値として実際に知る沖田と真田のストレスは極限の状態であった。
〈我々は、131回も宇宙を破滅させたんだ・・・〉
「ヤマト。 月、地球の引力影響圏を脱します」
「ワープ1分前。 総員各個気密を確保しベルトを着用せよ」
太田航宙統制官の報告に島航海長はワープ航法へのカウントを開始すると、続いて自身も常に付けているヘッドセットに替わって船外服の気密ヘルメットを被り軽く深呼吸して空気の流入を確認する。
『全艦ワープスタンバイ! 全艦ワープスタンバイ! 総員個人気密体制ベルト着用!』
『波動エンジン回転上昇良好。 黒一杯、ワープ出力まで後30秒・・・』
「ワープ30秒前・・・・・・ 20秒前・・・」
島はコンソールの時空連動計に表示される時空のズレを確認しながら、瞬きもせずに緊張した面持ちで細かく増減する揺らぎが最小になるタイミングを計り続ける。
「10秒前、最終時空連動確認!」
「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ワープ!」
島の操作とともにヤマト全体に僅かに揺らぎが生じ、続いて空間の裏へ落ち込むように大きく揺らぐと巨大な船体が一瞬で遥か前方へ延びる閃光を残して忽然と消えた。
|