厳重に警備された九州坊ノ岬沖地下に作られた秘密工廠の最後の強化戦闘服により完全武装した空間騎兵隊員による警備所を抜けて、戦艦の装甲ほどもある ― 実際に「えいゆう」の第一次大改装時に撤去された艦橋の外気密扉である ― 堅牢な扉が油圧とともに重々しく開くと、放射能流入対策としてドーム内に掛けられている高い気圧により巻き起こる旋風に顔を伏せ、眩い作業灯が煌く巨大な建造ドック内へ沖田提督と地球防衛軍司令長官である藤堂平九郎が揃って重苦しく暗い口調でボソボソと話を交わしながら入ってくる。
「とうとう最後までガミラスの実態は分からず仕舞いか・・・」
「申し訳ない・・・ ワシの力が足りんかった」
「いや、君は最善を尽くしてくれた。 感謝しているよ」
二人の見上げる先には、巨大な地下建造ドックを形作る空洞の天井に当たる上部岩盤から従来の軍艦とは比較にならないほど巨大な艦尾エンジン噴射口が覗いており、特に主エンジンと思われる中央の最も大きな噴射口からは全力で建造作業が続いていることを示す金属音質の喧騒や溶接などの火花がそこかしこに飛び散り、広い工廠都市全体に異様な熱気が満ち溢れている。
建造の秘密を守るために工廠都市内に缶詰状態で作業を続ける作業員たちは、軍極秘とはいっても何時の時代でも防ぐことの出来ない噂話により自分達が建造しているフネの目的を十分に知っており、無論自分達自身が地球脱出の人員に選ばれることなど有り得ないことと、その後に訪れる自分達の運命をも分かっていながら寝る間も惜しんで献身的に作業を続ける姿は、前線で命をかけて戦う宇宙戦士以上の正に名も知られぬ英雄達であった。
「しかし、敵の目的も正体すらも分からず滅びるのか・・・ 人類は・・・」
「恐ろしい敵だ。 戦うほどに強力になる」
「まさか、本当にこのフネを使う日が来るとは思わなんだよ」
絶望的な劣勢に立たされている地球防衛軍を統率する最高司令官としての重責と心労に一気に老け込んだように力なく呟く藤堂長官に、傍らに立った沖田提督は思いもしない提案を持ちかける。
「そのことだが、長官・・・」
「ん?」
〈このフネがあったら火星に着けたかもしらんな・・・ 土方・・・ 近藤・・・〉
頭上からぶら下るフネを睨んだまま話していた沖田提督が珍しく一瞬迷ったような素振りを見せたが、改めて思い切ったように藤堂長官へ自らの思いを打ち明ける。
「このフネをワシにくれんか・・・?」
「何だと! どう使おうというのだ君は?」
余りに突然の思いもしない申し出に驚いて振り向いた藤堂長官に、沖田提督は先ほどから自身の心の中で考えていた計画を静かに告げる。
「一部のエリートを脱出させ、幾らかの時間生き延びさせたところで如何にもならん。
それよりも、この最後のフネを人類全体の希望のために旅立たせたい・・・
そうすれば少なくとも人々は、絶望の底ではなく・・・
最後まで希望を持ったまま・・・」
一瞬言葉を途切らせた沖田は、視線を再び唯一の希望である建造中のフネに向けると言葉を繋いだ。
「死んでいくことができる・・・」
「希望・・・ か」
希望・・・ 長い間すっかり忘れていた言葉を聞いて一瞬口元に笑みを浮かべた藤堂は、隣に立つ沖田へ今一度真っ直ぐに向き直ると本当に微かな奇跡にでもすがるように問い掛けた。
「君はこのフネでどんな物語を紡ごうというのだ? 沖田!」
藤堂長官は、宙錬一期後輩となるが古くからの戦友で心から信頼している沖田提督の思い詰めた横顔をまじまじと見詰めながら彼の続く言葉に静かに聞き入った・・・
* * * * * 四ヵ月後 * * * * *
『・・・一時間当たりの平均放射能浸透速度5.6センチメートル。 関東地区深度1,000から1,100メートルエリアの一部の方に予防避難指示が出されております。
該当される場合は、現在ご覧のモニターに赤いメッセージが表示されますので、確認メッセージに変るまでリモコンの赤いボタンを押し続けるかモニターの表示部分を押し続けてください』
『続いて外域ニュースですが、午前0時の定時連絡にニューヨークが応答せず・・・』
『これより地球防衛軍からの緊急放送があります。
市民のみなさまは、このままお待ちください・・・』
都市のそこかしこや居住ユニットに設置されたモニターに突然通常放送が中断されると、国連記章から引き継がれた淡青色の地球防衛軍記章が全面に映し出され、若干緊張した女性の声で二度同じメッセージが読まれるとともに同じメッセージが記章に重なってテロップでも表示され続ける。
『今日は地球防衛軍から人類の未来に関わる重大な発表があります。
みなさん。 どうか落ち着いて冷静に対応するようお願い致します』
しばらくして画面が切り替わると、先ほどと同じ地球防衛軍記章をデザインした旗を映し出したスクリーンを背景に地球防衛軍司令長官の藤堂宙将が映し出され、僅かに緊張を隠せないように一瞬口ごもると重い口調でモニターを見ている人たちに静かに語りだした。
「四ヶ月ほど前、未知の知的生命体と思われる相手からの通信カプセルが地球に届き回収されました。
防衛軍は様々に収集した調査情報分析の結果、最優先での解析作業を続けてまいりましたが、
先日終わった解析の結果カプセルには重大なメッセージが込められていることが判明致しました」
「・・・これが、そのメッセージです」
藤堂長官が振り向いた背後の大型壁面スクリーンには、地球防衛軍記章に替わって完全な立体映像として様式化された宇宙地図と見られるものが映し出されており、藤堂長官はその映像を3Dポインターで指し示しながら淡々と説明を続けていく。
「これが、我々の太陽系・・・ 更に、これが天の川銀河を示すものと思われます」
「そして、天の川銀河系より離れること14万8,000光年・・・ 大マゼラン銀河のこの場所・・・ ここがメッセージの発信源・・・ 惑星イスカンダルです」
「メッセージによると、彼らは何らかの放射能を除去することが可能な未知の装置、またはそれに類する手段を既に持っており、それを我々に無賞供与する意思があるようです」
藤堂長官の努めて冷静でゆっくりとした冒頭の概略説明に続いて、一瞬空いた間に記者達の厳しい質問や指摘が相次ぐが、長官はその一つ一つに頷きながら丁寧に説明を続ける。
「メッセージが本当だと言う保障があるんですか!」
「例え本当だとしても、そんな遠くにどうやって行くんですか?」
「ガミラスの罠という可能性は?」
「時間は? 時間はどのくらい掛かるんですか?」
地球脱出をはじめとする目指す基本方針と考え方の違いにより、地球連邦政府や北米欧州連合軍との果てしないパワーゲームを続ける極東軍管区を中心とする地球防衛軍司令本部の、ある意味ではクーデターとも考えられる今回の突然の行動に何も分からないままに巻き込まれた少数のメディアによる記者会見となっている会場では、藤堂長官が記者達の騒ぎを柔らかく手振りで制しながら発表を続けていた。
「詳細は軍機に属しますのでここで詳しくは申せませんが、
メッセージには超光速航行を実現する方法が含まれており、
その技術を応用した宇宙戦艦を我々は既に建造しております」
「我々は、この最後の戦艦をイスカンダルへ派遣することを決定致しました」
防衛軍とも連邦政府ともいわず「我々」といったのが実直な藤堂らしいが、極秘中の極秘、連邦政府による一握りの選ばれた人々だけでの地球脱出計画があったことが一般市民に知られれば、只でさえ滅亡の渕へ追い詰められている地球人類社会は想像を絶する大混乱に陥ることは必至である。
実際には各地域間の人的交流が全く不可能な状態であり武力を使う必要がなかったとはいっても、事実上は極東軍管区による反地球連邦政府クーデターである今回の行動を首謀する藤堂といえども、辛うじて残っている最低限の秩序をも完全に破壊することになるであろうカミヨ(方舟)計画について触れることはさすがにできなかった。
「無謀すぎるんじゃないですかね」
「確実に帰って来られるという保障はあるのか?!」
「戦艦があるなら、そんな不確かな話より地球防衛に使うべきじゃないのか?」
「市民の意思を問わなくていいのか?」
「その船で防衛軍幹部だけ逃げ出すんじゃないだろうな?!」
再び巻き起こった記者達の罵声に近い指摘に辛抱強く耐えていた藤堂長官は、最後の気力を振り絞るように力強く語り続ける。
「そんな時期では無いんだ!!」
「今の地球は・・・
無謀だとか、保障だとか、そんな事で躊躇していられる状態では最早ないんだ・・・
試算によると、地球人類が放射能汚染で絶滅するまで、もって僅か一年・・・
しかし最悪の場合、このまま遊星爆弾の攻撃が続けば数ヶ月という話もある・・・」
「イスカンダルからの申し出は、我々人類に残された最後の・・・ 最後の希望なんだ・・・」
「・・・・・・」
普段口うるさく人の批判ばかりを叩きつける記者達も藤堂長官の鬼気迫る会見に飲み込まれ、会見会場は唾を飲む音さえ憚られるほど静まり返っていた。
『市民の皆さん。 放射能除去装置さえ手に入れば、我々人類は生き延びることができる。
この地下都市を抜け出し、再びかつての緑の地表に住むことができるのです!』
『このままガミラスの遊星爆弾に身を任せ、地球と人類が滅びていくのを黙って見ていて良いはずがありません。 これは我々地球人類に与えられた最後で唯一のチャンスなのです!』
モニターの画面は、モニターカメラを真正面から見詰め誠実な態度で熱く市民に語り掛ける藤堂長官の映像から、かつての緑と水に覆われた美しい地球の姿を様々に写した画像に切り替わっていき、その映像を映し出しながらメッセージが続けられた・・・
実際には、たとえ地上の放射能を除去することができたとしてもガミラスの軍事的脅威にさらされていることに変わりはなく、緑の地表に住むなどというのは全く不可能なことなのではあったが、防衛軍統合情報部により計画された市民に希望をもたらすイメージ戦略は巧妙に錯覚するように組み立てられていた。
「みなさん・・・
これまで我々地球防衛軍は、みなさんの期待を裏切ってきました。
そして、今も変らず裏切り続けているのかも知れません・・・
しかし、最後にもう一度、もう一度だけ我々を信じてください!
たとえ一つまみの僅かな希望でも、このチャンスを自らの力で掴み取り、
我々の手で、我々自身の手で、8年前の美しい青い地球を取り戻そうじゃありませんか!」
「言うまでもなく、この往復29万6,000光年という途方もないイスカンダルへの旅は、今だ僅か5.5光時に過ぎない太陽系からさえも出たことのない我々人類には想像することすら出来ないほどに困難なものであり、多くの方が途中で命を落とすことになるのかも知れません・・・」
その余りの困難さを通り越した無謀さを称して「これは、荒廃した太平洋を単独無支援で歩いて往復するようなもので、希望への計画ではなく集団自殺にすぎない」といった防衛軍幹部もいたほどである。
『しかし、地球防衛軍ではこの計画に志願される方々を一般からも募集せざるを得ない状況です。
我々は、みなさんの勇気と献身に期待します』
四ヶ月前、第三次火星域会戦による防衛艦隊壊滅と舞鶴地区地下にあったカミヨ計画秘密訓練基地の遊星爆弾被爆により必要な人員と装備のほとんどを失った地球防衛軍には、もはやカミヨ計画からクーデターにより変更されたヤヨイ(ヤマト)計画をも遂行する人員は残されていなかったのだ。
小さな街頭モニターを人ごみの後ろから批判半分で眺めていた古代は、藤堂長官の言葉にかつて兄と遊んだ緑の大地を思い出し硬く閉ざされていた自分の心が徐々に変化していくのを感じていた。
『募集するのは、軍予備役の方、軍経験のある方、航宙に関する資格のある方、宇宙空間での機械整備資格または経験のある方、科学調査の経験のある方、医師の資格または医療資格のある方・・・』
他の地球防衛軍幹部とともに会場の横に並ぶ沖田は、自らが言い出したこととはいえ余りに重大な責任に身を引き締めながら長官の話を瞬きもせずに聞き入っていた。
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