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Space Battleship YAMATO Episode 2
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Space Battleship ヤマト 2199

ヤマト発進!
 Episode 2.1 薄汚れた男
The man who fell to the bottom of despair


 19世紀末から近代人類文明を支え続けてきたエネルギー資源としての石油・シェールガス・メタンハイドレートの化石燃料全てが実質的に枯渇した地球で、人類の生存を支える主要エネルギー設備であったラグランジュポイントに設置された太陽光発電基地群と、予備施設である地上の火力・水力・風力発電等の全てを奪われた現状、僅かに残った地熱発電と金星プラントからの反陽子供給を絶たれ細々と稼働する対消滅実験炉の発電のみとなった地下都市の逼迫したエネルギー事情を表すように、供給電圧不足により薄暗くチラつく発光パネル照明が湿って薄汚れた狭い部屋を深い闇の中から微かに浮かびだす。

 遥か太陽系外の外宇宙から迫り続ける脅威に対して、統合戦争に備えて建設の進められた大型シェルター群を緊急拡張した地下非難都市、その最後の生存空間へ立て篭る人類を地底深くの煉獄らか攻め立てるように炙り続ける地熱を排除するために、24時間止まることのない耳につく微かな金属音を立てながら不規則に回転する壊れかけた空調ファンが濁った重い空気をかき混ぜる中で、狭苦しい二段式の下段寝台に身を屈めて分厚い重放射線防護服を着込んでいる無言の男に壊れかけた硬化樹脂製パイプイスにだらしなく腰掛けた疲れきった表情の薄汚れた髭面男が声をかける。

「お前アレだな・・・ ホント只のバカだよな・・・
 なけなしのレアメタル探して・・・ 防衛軍に渡して・・・
 それで、どうなるっていうんだよ・・・ どうせ地球は滅びるんだよ!」

 防護服の男は長く伸ばされた纏まりのない髪に表情を隠して何も答えることなく黙々と準備を続けるが、向かい側の寝台上段に寝転がったもう一人の若い男が口元に薄汚い笑いを浮かべながら碑下た非難の声を浴びせかける。

「違うさ! そいつは宇宙軍にいる兄貴に色々と横流ししてもらってるんだよ・・・
 食料だろ〜 酒だろう〜 薬だろう〜 何だって手に入るんだ!」

「おっおい、ホントか?!」

 成す術もなく刻一刻と目前へ迫り続ける絶滅への恐怖に押しつぶされる日常に、全ての希望を失った男たちの夢想とも妄想とも取れる噂話を一心に話し続ける若い男に反応した髭面男は、パイプ椅子から腰を浮かせると微かに目覚めた希望に縋るように防護服の男を大きく見開いた目で見詰めた。

「ホントさ〜 そうだろう? なっ レアメタルと交換なんだろう?」

「何だよ〜 畜生! そんなことしてもらっていたのかよ?
 なぁ〜 そのネタ俺も一枚乗せろよ〜 なっ!」

 入念な全身を覆う防護服の準備が終わり全ての力を振り絞るように重々しく立ち上がった長髪の男は、煩くすがりつく髭面男を厚いグラブのまま振り返りざまの一撃で殴り倒すと、それまで自身が座っていたパイプイスに絡んで哀れに崩れ落ちた男を一概にせずに、重い高放射線防護気密ヘルメットを両手で抱え軍艦のような金属製の気密ドアを抜けて黙って部屋を出て行く・・・

「何だよ! 痛ってえな〜 何するんだよ・・・」

 出て行った男の寝台には、戦前のスペースコロニーから撮ったと思われる青く宝石のように輝く地球を背景にして屈託なく笑いながら肩を組む短髪に整えた制服姿の寝台の持ち主と、もう一人の少し年上に見える苦笑いを浮かべた宇宙軍士官の写った一枚の写真が貼られていた。
 


 全身覆う分厚い防護服に身を固め長い金属感知センサーを持った男は、使い古してオリーブドラブの色も分からないほどに塗装も剥げた、重い二本の高圧酸素ボンベを乗せた耳障りな音を立て続ける台車を引きずって狭い金属製の薄暗い通路を歩いていく。
 暗い通路の両側には同じように薄汚れた男女が力なく座っているが、もはや他人を気にする気力もないのか場違いな荷物を持った防護服姿の男にも全く関心を示さず空ろな目は宙を泳いでいる・・・ 途中、唯一男を見上げた少年もそれ以上なにかの反応を示すわけでなく再び力なく目を落とした・・・

 次第に、そして徐々にではあるが確実に対処不能な数値へと上昇を続けていく地熱と戦いながら、更なる深度へと休むことなく続けられる掘削作業の振動とも音とも付かない低音が遠くに響く中、眼下に広がる壮大な規模ではあるが薄暗く廃墟にしか見えない地下都市の長い通路を抜けて都市の外れまで歩いてくると、禍々しい放射能の警告サインと警告音で満ちた狭いエレベーターホールへ出た。

 男は慣れた手付きで、立体欺瞞光学迷彩を施したマウンテン・ゴリラのように威圧的な姿を見せるサイバーダイン社製82式改3型強化戦闘服(パワードスーツ)により完全武装した空間騎兵隊の保安係員に、腰から外したAN8001/H1000の有機発光パネルに表示された屋外作業許可書を提示すると、厳重に気密された3重のエアロックを抜けて壊れかけたエレベーターの中へ消えていった。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 充満する酸性の薄い大気により錆びてガタつくエレベーターの最外扉を力ずくで開けて地表に出ると、ほんの数年前まで豊かな水を湛えた海だったとはとても思えない一面火星の表面と見間違うばかりの荒廃しきった風景が分厚い放射線防護フェイスマスク一体となった気密ヘルメットの狭苦い視界一杯に広がり、放射性物質を多量に含んだ茶色い細かな砂が全てを覆い尽すように風に乗って絶え間なく吹き付けてくる。
 唯一変わった風景は、今や茶色い砂と点在するクレーター以外に何もないこの地区のランドマークとなっている、海上で戦われていたころの古代の戦闘で沈んだといわれている半ば茶色い大地に埋もれた赤錆びて朽ち果てた戦艦の巨大な残骸だけが、今にも幻想のように崩れ落ちていきそうな危うさを見せながら場違いに残されていた・・・

『アト50せんちホド下ニりちゅーむガアリマス。 大気放射能濃度150しーべると。
 コダイサン、危険デス! 放射能れべる致死量ノ20倍、即死デス!』

「黙ってろよアナライザー。 分かってるよ!」

『スミマセン』

 日本統合防衛宇宙軍予備役一等宙尉である古代進は、軍隊時代から使い慣れた手のひら大の91式個人支援戦術AI端末から軍用スペックの高エネルギー宇宙放射線・電磁パルス防護シールドを除いた同型の民生用(とはいっても軍用ネットワークを維持するだけでも汲々としている現状で民間需要がそうあるわけでもなく、防衛軍隊員・軍属等の関係者が個人ユースで購入している場合がほとんどではあるが・・・)多重ネットワーク式プレート状小型携帯コンピューターであるAN8001/H1000を腰につけた厚い放射線防護カバーの上から軽く叩くと、無言で長い棒状の金属センサーから伸びるコードをコンピューターに接続して遊星爆弾の被爆により、そこにあった軍施設とともに飛び散った貴重なレアメタルを探す作業を黙々とはじめた。


『上空カラ落下物体! 真ッ直グコチラニ向カッテイマス!』

「・・・・・・?! うおっ!!」

 アナライザーの切迫した警告に慌てて空を見上げた古代の分厚い放射線防護ガラス越しの濁った視界に灼熱し強く発光しながら落下する小さな物体が入ったが、何もなす時間もなく全身に激しい衝撃を受けて体ごと吹き飛ばされると意識を失った・・・


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 どれほどの時間意識を失っていたのか・・・
 遥か頭上から聞こえてくる何か分からない轟音に徐々に意識を取り戻した古代の霞んだ瞳に何時もと異なる驚くほどの澄んだ広い視界が広がっていく・・・

「・・・・・・」

 全身に渡る余りの苦痛に頭を抱えて突然の違和感に一気に意識が戻ってくる。

〈ヘルメットを被っていない!!!〉

 致命的な事実を精神が受け入れることが出来ずに反射的に何度も顔を触って確認するが、何度確認しても完全に放射線防護ヘルメットはなくなっており、頭部は致死量を遥かに超える放射線に溢れた汚れた大気にそのまま直に晒されている!

 パニックに陥りそうになる自身の精神を軍隊経験で培った意思の力で辛うじて抑えると、混乱し混濁した暗い意識の端で奇妙に冷静な疑問が湧く。

〈なぜ俺は生きているんだ? これは本当に現実なのか?
 アナライザーが言ったように致死量の20倍の放射能濃度であれば、
 今のように考えるまでもなく俺はとっくに即死しているはずだ・・・〉

 無意識の人間的な反応で堅く息を止めたまま激しい痛みに構わず体を捻ると改めて腰に付けたアナライザーの表示を見るが、それまで激しい赤い点滅表示をともなう極度に高い値であった放射能レベルが全く信じられないことに緑文字の安全域を指し示している。

〈そんなはずは・・・ 壊れたのか?〉

 いつまでも息を止めているわけにもいかず意を決して溜まっていた息を音を立てて吐くと、続けて喘ぐように大きく息を吸いながらヨロヨロと覚束ない足取りでその場に立ち上がったが、荒い深呼吸を繰り返すうちに徐々に呼吸が整ってくると、先ほど自身が飛ばされた衝撃が夢や幻想などではないことを示す信じられない現実が目の前に大きく広がっていった。
 突然の衝撃で気を失うまでは、そこに無かったはずの真新しいクレーターが足元の50メートルほど先に出来ており、窪地の中心部付近ではゆらゆらと熱気に煽られた空気が陽炎のように立っている。

〈まさか、遊星爆弾?〉

 古代は、まるで何かに取り付かれたように縺れる足でクレーターの底へ歩くというより転がっていくと、掘り返された窪地の中心と思われる辺りに見たこともない小さな物体を発見した。
 膝まついた足元の地面に半ばめり込んでいる、まだ強い熱気を帯びた物体を防護グラブを嵌めたままの手で持ち上げ目前で見ると、それはラグビーボールほどの大きさと形だが金属状の材質で出来ており、とても地球で作られた物とは思えない異質な形状をしていた。

 さらに良く見ようと思ったところで、又しても意識を失って倒れた古代の後方に夕日を浴びて残影をさらす巨大な戦艦大和のシルエットに被さるように、火星域より地球へ帰還した傷付いた巨大な宇宙戦艦「えいゆう」が汚れた空気を震わす轟音とともに慣性制御によりゆっくりと降下していた。


 夕日を浴びて死んだように眠り続ける巨大な廃墟となった戦艦大和・・・
 しかし大和には全人類の未来への希望が託されているのだ。
 大和がその恐るべき力を発揮するのはいつか?
 大和よ250年の眠りから覚めて蘇れ!


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと487日・・・ あと487日−
 

 
 Episode 2.2 彼方のメッセージ
The message to the only hope


 地球防衛軍司令本部中央科学分析室で様々な機器に囲まれて分析が続けられているラグビーボール状の金属物体。 そして、それを取り囲む藤堂地球防衛軍司令長官、沖田提督、真田技師長ら数人の制服姿の男たち・・・

「これが坊ノ岬沖に落下したという例の物体なのかね?」

「はい。 大容量通信カプセルの一種と思われますが、未だ全く解析は進んでおりません」

 興味深そうに身を乗り出して見詰める藤堂長官と沖田提督を初めとする少数の防衛軍幹部に、第三次火星域会戦での壊滅による第一遊撃艦隊の解散に伴って臨時に古巣の技術本部所属となった真田技術二佐は現在分かっている限りの情報を説明する。

「本体外郭は未知の元素を含む極めて強固な金属物質でできており、実際にはこのようにかなり劣化していますが、実験室での超高出力の高密度レーザーにも反応して自動的に波長に対応した偏向フィールドを発生するようで全く受け付けず、投射の度に偏向精度が上がり強度が増すため成分分析も非破壊検査すらも全くできておりません」

「どのようなシステムで、このように小さな筐体のどこから無尽蔵とも思われるエネルギーを発生しているのか分かりませんが、もしも、この物質で厚さ数センチの装甲板を作成することができれば至近距離からのガミラス級戦艦の主砲集中斉射ですら十分に防御できるでしょう」

「ガミラスの物ではないのか?」

 非常に強度の高い未知の物質と聞いて強力なガミラス艦の装甲を思い浮かべた藤堂長官は、真田二佐にガミラスの罠なのではないかという意味の質問を投げかける。

「それも十分に考えられますので慎重な調査分析が必要ですが、それよりも重要なのは、これほどの強度をもつ物体がここまで劣化するというのは途轍もなく遠距離の宇宙空間、計算上ではおそらく十万光年を超える距離を飛行してきたと思われる点です」

「十万光年・・・?」

 常識的に考えれば有りえないことであるが、100年に一人とも言われる天才的な科学者である真田技術二佐の専門家としての答えに、藤堂長官は独り言のように小さく呟くと続く言葉を飲み込んだ。

「はい。 原理などは現在のところ全く分かっていませんが、関連する各種情報を加味した現実的な時間経過を考慮すれば、この物体は我々には想像もできない光速の数十万倍と思われるほどの超光速移動をしてきたと考えざるを得ません」

「十万光年の超光速移動か・・・」

〈やはり、本当なのか・・・〉

「この物体は民間のサルベージ業者が発見したと言うことだが・・・ 発見者の話は聞けんのか?」

 自分自身に確認するように小さく呟いて黙り込んだ藤堂長官に代わって、今まで黙って真田二佐と藤堂長官のやり取りを聞いていた寡黙な沖田提督が、深く考え込んだ表情のまま正面に立つ情報部の平田主計士官に向かって静かに質問を発した。

「はい。 現在保安隔離されており司令部の医療班が治療中ですが、近距離で物体の落下に伴う強い衝撃を受けたためと思われる防護服の破損により超高濃度の放射線を全身に浴びておりますので恐らく助からないでしょう・・・ 即死でなかったのが不思議なくらいです」

「うむっ・・・」

 答えに頷いた沖田から目を離した藤堂長官は、改めて真田二佐へ向き直ると静かに命じた。

「そうか・・・ 真田二佐、何としても一刻も早く分析を進めてくれ」

「分かりました! 全力で行います!」


「離せ〜! 離せよ〜!!」

 真田二佐の返答に被さって通路から騒がしい複数の声と足音が近付いてくる。

「待て! 待つんだ! そこは一般立ち入り禁止だ!!」

 止めようとする数人の白衣姿の医療班員や衛生班員たちを引きずって薄汚れた身なりの民間人が分析室へ雪崩れ込んでくる。

「どうやら・・・ 生きているようです・・・」

「何だ、君は?」

 まるで幽霊を見たような平田三等主計宙佐の反応に藤堂長官の質問が重なる。

「兄のフネは・・・ ゆきかぜはどうしたのでしょうか?」

「んん? ・・・君は!」

 古代の低く語られる言葉に沖田の記憶が蘇り、かつて日本統合防衛宇宙軍連邦月面基地派遣航宙隊と航宙教導隊戦技研究班ブラックタイガーのエースパイロットとして名を馳せた、元艦政本部航宙機技術研究局実験班の凄腕テストパイロットの顔と記憶が一致する。

「はい。 駆逐艦ゆきかぜ艦長古代守の弟、予備役一等宙尉古代進であります」

「そうか・・・ 古代君の・・・
 彼は男だった、勇敢な男だった。 しかし彼はもう還ってこない・・・
 全てワシの責任だ・・・ 許してくれ・・・」

 すでに状況から分かっていたこととはいえ、実際に戦場にいた沖田提督から改めてはっきりと聞かされた古代は、どうしても自分の感情をコントロールすることができなかった。
 まだ各国での地下都市の拡張工事や建設が本格化していない5年前に遊星爆弾で両親を失った進にとって、兄の守はただ一人の血の繋がった肉親となっていたのだった。

「古代? 進か・・・」

「兄が・・・ なぜ、なぜ、兄を連れて還ってくれなかったんですか?! 提督!!」

「すまん・・・」

 次第に激しくなる言葉とともに沖田提督に掴みかかろうとする古代を、侵入者警報で掛け付けた通常装備の屈強な斉藤小隊長をはじめとした空間騎兵隊一個分隊ほどの武装した隊員が、戦地帰りの手荒しさで強引に引き離し力ずくで室外へ連れ出していく。

「下がれ! 下がるんだ!! 火星に居なかったお前に何が分かる!」

「兄さん! 兄さんを返せ! 兄さんを・・・」

「おいおい・・・ ワシの患者なんだから手荒にするなよ・・・」

 古代たちと入れ違いに丸メガネを掛けた頭の禿げ上がった白衣姿の小男が慌てて入室してくる。

「沖田提督。 すまんのぉ〜
 弟だと言うのでワシが古代の最後の様子を伝えたんじゃ〜」

 元々は腕の良い軍医で沖田提督とも旧知の間柄の佐渡酒造であったが、度重なる軍規違反により防衛軍から一旦離れた後に趣味半分の動物病院を開いていた。
 しかし、現在の地球の状況では民間の獣医などとても経営が成り立つわけもなく、深刻な人員不足が致命的なレベルにまで悪化し続けている防衛軍に再び戻ってきていたのだった。

「それは構わないが、佐渡先生。 どうして彼は生きているのかね?」

 佐渡軍医二等宙佐相当官は一度は軍を辞める原因となった一升瓶と、動物病院から懐いて付いてきた一匹の三毛ネコを抱えたまま首を横に振った。

「さぁ〜 わしゃ知らんよ。 ぜんぜん知らんよ」


 沖田の頭にある考えが浮かび徐々に確信へと変わっていくのである・・・


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと486日・・・ あと486日−
 

 
 Episode 2.3 希望の船
The ship to the only hope


 厳重に警備された九州坊ノ岬沖地下に作られた秘密工廠の最後の強化戦闘服により完全武装した空間騎兵隊員による警備所を抜けて、戦艦の装甲ほどもある ― 実際に「えいゆう」の第一次大改装時に撤去された艦橋の外気密扉である ― 堅牢な扉が油圧とともに重々しく開くと、放射能流入対策としてドーム内に掛けられている高い気圧により巻き起こる旋風に顔を伏せ、眩い作業灯が煌く巨大な建造ドック内へ沖田提督と地球防衛軍司令長官である藤堂平九郎が揃って重苦しく暗い口調でボソボソと話を交わしながら入ってくる。

「とうとう最後までガミラスの実態は分からず仕舞いか・・・」

「申し訳ない・・・ ワシの力が足りんかった」

「いや、君は最善を尽くしてくれた。 感謝しているよ」

 二人の見上げる先には、巨大な地下建造ドックを形作る空洞の天井に当たる上部岩盤から従来の軍艦とは比較にならないほど巨大な艦尾エンジン噴射口が覗いており、特に主エンジンと思われる中央の最も大きな噴射口からは全力で建造作業が続いていることを示す金属音質の喧騒や溶接などの火花がそこかしこに飛び散り、広い工廠都市全体に異様な熱気が満ち溢れている。

 建造の秘密を守るために工廠都市内に缶詰状態で作業を続ける作業員たちは、軍極秘とはいっても何時の時代でも防ぐことの出来ない噂話により自分達が建造しているフネの目的を十分に知っており、無論自分達自身が地球脱出の人員に選ばれることなど有り得ないことと、その後に訪れる自分達の運命をも分かっていながら寝る間も惜しんで献身的に作業を続ける姿は、前線で命をかけて戦う宇宙戦士以上の正に名も知られぬ英雄達であった。

「しかし、敵の目的も正体すらも分からず滅びるのか・・・ 人類は・・・」

「恐ろしい敵だ。 戦うほどに強力になる」

「まさか、本当にこのフネを使う日が来るとは思わなんだよ」

 絶望的な劣勢に立たされている地球防衛軍を統率する最高司令官としての重責と心労に一気に老け込んだように力なく呟く藤堂長官に、傍らに立った沖田提督は思いもしない提案を持ちかける。

「そのことだが、長官・・・」

「ん?」

〈このフネがあったら火星に着けたかもしらんな・・・ 土方・・・ 近藤・・・〉

 頭上からぶら下るフネを睨んだまま話していた沖田提督が珍しく一瞬迷ったような素振りを見せたが、改めて思い切ったように藤堂長官へ自らの思いを打ち明ける。

「このフネをワシにくれんか・・・?」

「何だと! どう使おうというのだ君は?」

 余りに突然の思いもしない申し出に驚いて振り向いた藤堂長官に、沖田提督は先ほどから自身の心の中で考えていた計画を静かに告げる。

「一部のエリートを脱出させ、幾らかの時間生き延びさせたところで如何にもならん。
 それよりも、この最後のフネを人類全体の希望のために旅立たせたい・・・
 そうすれば少なくとも人々は、絶望の底ではなく・・・
 最後まで希望を持ったまま・・・」

 一瞬言葉を途切らせた沖田は、視線を再び唯一の希望である建造中のフネに向けると言葉を繋いだ。

「死んでいくことができる・・・」


「希望・・・ か」

 希望・・・ 長い間すっかり忘れていた言葉を聞いて一瞬口元に笑みを浮かべた藤堂は、隣に立つ沖田へ今一度真っ直ぐに向き直ると本当に微かな奇跡にでもすがるように問い掛けた。

「君はこのフネでどんな物語を紡ごうというのだ? 沖田!」

 藤堂長官は、宙錬一期後輩となるが古くからの戦友で心から信頼している沖田提督の思い詰めた横顔をまじまじと見詰めながら彼の続く言葉に静かに聞き入った・・・


*   *   *   *   *   四ヵ月後   *   *   *   *   *


『・・・一時間当たりの平均放射能浸透速度5.6センチメートル。 関東地区深度1,000から1,100メートルエリアの一部の方に予防避難指示が出されております。
 該当される場合は、現在ご覧のモニターに赤いメッセージが表示されますので、確認メッセージに変るまでリモコンの赤いボタンを押し続けるかモニターの表示部分を押し続けてください』

『続いて外域ニュースですが、午前0時の定時連絡にニューヨークが応答せず・・・』

『これより地球防衛軍からの緊急放送があります。
 市民のみなさまは、このままお待ちください・・・』

 都市のそこかしこや居住ユニットに設置されたモニターに突然通常放送が中断されると、国連記章から引き継がれた淡青色の地球防衛軍記章が全面に映し出され、若干緊張した女性の声で二度同じメッセージが読まれるとともに同じメッセージが記章に重なってテロップでも表示され続ける。


『今日は地球防衛軍から人類の未来に関わる重大な発表があります。
 みなさん。 どうか落ち着いて冷静に対応するようお願い致します』

 しばらくして画面が切り替わると、先ほどと同じ地球防衛軍記章をデザインした旗を映し出したスクリーンを背景に地球防衛軍司令長官の藤堂宙将が映し出され、僅かに緊張を隠せないように一瞬口ごもると重い口調でモニターを見ている人たちに静かに語りだした。

「四ヶ月ほど前、未知の知的生命体と思われる相手からの通信カプセルが地球に届き回収されました。
 防衛軍は様々に収集した調査情報分析の結果、最優先での解析作業を続けてまいりましたが、
 先日終わった解析の結果カプセルには重大なメッセージが込められていることが判明致しました」

「・・・これが、そのメッセージです」

 藤堂長官が振り向いた背後の大型壁面スクリーンには、地球防衛軍記章に替わって完全な立体映像として様式化された宇宙地図と見られるものが映し出されており、藤堂長官はその映像を3Dポインターで指し示しながら淡々と説明を続けていく。

「これが、我々の太陽系・・・ 更に、これが天の川銀河を示すものと思われます」

「そして、天の川銀河系より離れること14万8,000光年・・・ 大マゼラン銀河のこの場所・・・ ここがメッセージの発信源・・・ 惑星イスカンダルです」

「メッセージによると、彼らは何らかの放射能を除去することが可能な未知の装置、またはそれに類する手段を既に持っており、それを我々に無賞供与する意思があるようです」

 藤堂長官の努めて冷静でゆっくりとした冒頭の概略説明に続いて、一瞬空いた間に記者達の厳しい質問や指摘が相次ぐが、長官はその一つ一つに頷きながら丁寧に説明を続ける。

「メッセージが本当だと言う保障があるんですか!」

「例え本当だとしても、そんな遠くにどうやって行くんですか?」

「ガミラスの罠という可能性は?」

「時間は? 時間はどのくらい掛かるんですか?」

 地球脱出をはじめとする目指す基本方針と考え方の違いにより、地球連邦政府や北米欧州連合軍との果てしないパワーゲームを続ける極東軍管区を中心とする地球防衛軍司令本部の、ある意味ではクーデターとも考えられる今回の突然の行動に何も分からないままに巻き込まれた少数のメディアによる記者会見となっている会場では、藤堂長官が記者達の騒ぎを柔らかく手振りで制しながら発表を続けていた。

「詳細は軍機に属しますのでここで詳しくは申せませんが、
 メッセージには超光速航行を実現する方法が含まれており、
 その技術を応用した宇宙戦艦を我々は既に建造しております」

「我々は、この最後の戦艦をイスカンダルへ派遣することを決定致しました」

 防衛軍とも連邦政府ともいわず「我々」といったのが実直な藤堂らしいが、極秘中の極秘、連邦政府による一握りの選ばれた人々だけでの地球脱出計画があったことが一般市民に知られれば、只でさえ滅亡の渕へ追い詰められている地球人類社会は想像を絶する大混乱に陥ることは必至である。
 実際には各地域間の人的交流が全く不可能な状態であり武力を使う必要がなかったとはいっても、事実上は極東軍管区による反地球連邦政府クーデターである今回の行動を首謀する藤堂といえども、辛うじて残っている最低限の秩序をも完全に破壊することになるであろうカミヨ(方舟)計画について触れることはさすがにできなかった。

「無謀すぎるんじゃないですかね」

「確実に帰って来られるという保障はあるのか?!」

「戦艦があるなら、そんな不確かな話より地球防衛に使うべきじゃないのか?」

「市民の意思を問わなくていいのか?」

「その船で防衛軍幹部だけ逃げ出すんじゃないだろうな?!」

 再び巻き起こった記者達の罵声に近い指摘に辛抱強く耐えていた藤堂長官は、最後の気力を振り絞るように力強く語り続ける。

「そんな時期では無いんだ!!」

「今の地球は・・・
 無謀だとか、保障だとか、そんな事で躊躇していられる状態では最早ないんだ・・・
 試算によると、地球人類が放射能汚染で絶滅するまで、もって僅か一年・・・
 しかし最悪の場合、このまま遊星爆弾の攻撃が続けば数ヶ月という話もある・・・」

「イスカンダルからの申し出は、我々人類に残された最後の・・・ 最後の希望なんだ・・・」

「・・・・・・」

 普段口うるさく人の批判ばかりを叩きつける記者達も藤堂長官の鬼気迫る会見に飲み込まれ、会見会場は唾を飲む音さえ憚られるほど静まり返っていた。


『市民の皆さん。 放射能除去装置さえ手に入れば、我々人類は生き延びることができる。
 この地下都市を抜け出し、再びかつての緑の地表に住むことができるのです!』

『このままガミラスの遊星爆弾に身を任せ、地球と人類が滅びていくのを黙って見ていて良いはずがありません。 これは我々地球人類に与えられた最後で唯一のチャンスなのです!』

 モニターの画面は、モニターカメラを真正面から見詰め誠実な態度で熱く市民に語り掛ける藤堂長官の映像から、かつての緑と水に覆われた美しい地球の姿を様々に写した画像に切り替わっていき、その映像を映し出しながらメッセージが続けられた・・・

 実際には、たとえ地上の放射能を除去することができたとしてもガミラスの軍事的脅威にさらされていることに変わりはなく、緑の地表に住むなどというのは全く不可能なことなのではあったが、防衛軍統合情報部により計画された市民に希望をもたらすイメージ戦略は巧妙に錯覚するように組み立てられていた。

「みなさん・・・
 これまで我々地球防衛軍は、みなさんの期待を裏切ってきました。
 そして、今も変らず裏切り続けているのかも知れません・・・
 しかし、最後にもう一度、もう一度だけ我々を信じてください!
 たとえ一つまみの僅かな希望でも、このチャンスを自らの力で掴み取り、
 我々の手で、我々自身の手で、8年前の美しい青い地球を取り戻そうじゃありませんか!」

「言うまでもなく、この往復29万6,000光年という途方もないイスカンダルへの旅は、今だ僅か5.5光時に過ぎない太陽系からさえも出たことのない我々人類には想像することすら出来ないほどに困難なものであり、多くの方が途中で命を落とすことになるのかも知れません・・・」

 その余りの困難さを通り越した無謀さを称して「これは、荒廃した太平洋を単独無支援で歩いて往復するようなもので、希望への計画ではなく集団自殺にすぎない」といった防衛軍幹部もいたほどである。

『しかし、地球防衛軍ではこの計画に志願される方々を一般からも募集せざるを得ない状況です。
 我々は、みなさんの勇気と献身に期待します』

 四ヶ月前、第三次火星域会戦による防衛艦隊壊滅と舞鶴地区地下にあったカミヨ計画秘密訓練基地の遊星爆弾被爆により必要な人員と装備のほとんどを失った地球防衛軍には、もはやカミヨ計画からクーデターにより変更されたヤヨイ(ヤマト)計画をも遂行する人員は残されていなかったのだ。

 小さな街頭モニターを人ごみの後ろから批判半分で眺めていた古代は、藤堂長官の言葉にかつて兄と遊んだ緑の大地を思い出し硬く閉ざされていた自分の心が徐々に変化していくのを感じていた。

『募集するのは、軍予備役の方、軍経験のある方、航宙に関する資格のある方、宇宙空間での機械整備資格または経験のある方、科学調査の経験のある方、医師の資格または医療資格のある方・・・』

 他の地球防衛軍幹部とともに会場の横に並ぶ沖田は、自らが言い出したこととはいえ余りに重大な責任に身を引き締めながら長官の話を瞬きもせずに聞き入っていた。


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと365日・・・ あと365日−
 

 
 Episode 2.4 現役復帰
Active service return


「進捗状況はどうか?」

 地球防衛軍極東軍管区司令本部では、無数のカメラにより壁面の大型モニターに様々な角度から映し出される「方舟」の映像と、それに被さって刻一刻と替わり続けるデーター表示から視線を外すことなく、藤堂長官が傍らに控える司令部先任参謀である見栄えの良い痩身の一佐へ質問を掛けていた。

「船体装備、艤装ともに作業自体は完了しています。
 1900時現在、各部最終調整継続中ですが進捗状況は62%・・・」

 常に肌身離さずに持っている手元の91式個人支援戦術AI端末の数値を確認しながら答える参謀の報告に、藤堂は軽く頷きながら頭の中で残り時間を計算する。

「んん・・・ そのペースでは明後日0600時の抜錨予定までギリギリだな・・・」

「はい。 一番の問題点は、波動機関の試験起動が現況では実行不可能なためコンピューターシミュレーションを用いての擬似調整を行っておりますが、プログラムの実施に伴い少なからず理論的矛盾点が出ており難航しております」

 これまでも捕獲したガミラス艦の数少ないパーツの解析により地道な基礎研究は続けられていたが、人類にとって全くの未知の新方式エネルギー機関であり、その考えられている作動理論自体が本当に正確なのかさえも分からない手探り状態での開発は難航を極めていた。

 想定される最悪の状況では、一切の外部からの補給整備なしで、しかも一年という時間的制約のある中で29万6,000光年という信じられないほど遠大な長距離長期間連続航行を行う予定のフネである、本来であれば複数の試験用機関の作製と数年にわたる入念な長期可動試験と実働限界試験を行いたいところであるが、終末への時間的制限とガミラスの厳重な包囲監視下である以上は全く不可能であり、コンピューターシミュレーションによる擬似試験に置き換えるより方法はない・・・

「長官、ワシは行くよ・・・ 細かな調整は航行しながらでもできる」

「しかし沖田君。 君の身体は・・・」

 四ヶ月前の第三次火星域会戦で受けた左腕の傷はもちろん、長年宇宙空間で戦い続けた結果として日常的に浴び続けた高エネルギー放射線により悪化した宇宙放射線病は直ちに入院治療を必要とするほどになっているが、連続した激戦での損耗により枯尽といってよいレベルにまで達していた地球防衛軍には、この重大で困難な任務の指揮官を任せられる人物は他に考えられなかったのだ。

「確かに、往復29万6,000光年の距離は絶望的といえるほどに遠い・・・
 イスカンダルへの航宙はワシの命を奪うことになるかもしれん・・・
 しかし、この旅には命を掛ける価値が十分にあると思っとるよ」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 太陽が光を差すことなど永遠にありえない厚い岩盤の下に作られた人工照明に鈍く照らし出されるこの地下秘密工廠では、もはや昼夜の別などに特別な意味はないとはいえ、決められた集合時間0540時である夜明けを待たずに続々とイスカンダルへの旅に志願する人たちが「方舟」の艦尾左舷第一乗艦口へと続くエレベーターホールに集まってきていた。

 本人確認と最終的な志願確認、また健康チェックをするための列に並んだ人々は年齢も性別も様々であり、またその内心の志願理由も実際には様々であるようだ・・・ 純粋な正義感、身近な人を救うため、同じ死ぬなら、自分だけは助かるのでは・・・

「はい。 二等航宙士の資格をお持ちですね。
 航海科の緑の制服を受け取って健康診断を受けてください」

「小型航宙機の整備経験があるのですか、それでは技術科の青い制服を持って・・・」

「輸送船の機関部で働いていたんですね。 オレンジの制服を受け取って・・・」

 志願申請時のコム端末での資格と本人確認とこの場でのチェックの厳しい関門を抜けた志願者たちは、艦主任医師の佐渡酒造を中心とした医療班の診察に次々とまわされてくる。

「よう〜し。 健康そのもの! 合格じゃ!」

〈避妊処置・・・ ふんっ、馬鹿馬鹿しい!〉

 ヤマト(ヤヨイ)計画本部からは今回の作戦遂行の担保、つまり乗員だけで新たな星へ移民するのを防ぐこととして全乗組員の永久避妊処置を厳命されていたが、今更もう一つ軍規違反が増えたところで如何ということはない佐渡は最初から完全に無視して、すりかえた只の複合ビタミン剤を全員に注射していた。

「問題なし! 髪だけ邪魔だから切っとけよ。 次・・・」

「ええ〜と、戦闘班長、古代・・・進・・・ ん?」

 驚いてデーターが表示されているモニターから顔を上げた佐渡は、その志願者の顔をみて信じられないように口をポッカリと開けて見詰めた。

「何でオマエ生きとるんじゃ?! チョッと口を開けてみぃ〜!」

 長く伸び放題だった髪をバッサリと切って一瞬分からなかったが、モニターに表示されている名前と目の前の顔を何度も見返して確認を取ると驚きの声を上げる。

〈致死量を遥かに超える放射線をたっぷり浴びて、なぜ生きておるんじゃ? 信じられん・・・〉

 慌てて厳重な健康チェックをするが問題が見当たらず困惑がさらに大きくなる。

「大体、何で地方人が戦闘班長なんじゃ?」

「現役復帰しましたので、もう民間人ではありません」

「古代・・・三佐?」

 混乱しきった佐渡は、さらに厳重な健康診断をしようとするが、それに対して古代は・・・

「あの〜 後ろ混んでますので、そろそろ良いでしょうか・・・?」

「ああ・・・ 分かった。 行って宜しい・・・」

「次っ! 次じゃ!」

 行列した人々の無言の圧力を受けて古代を通した佐渡酒造の大きく張り上げた声を背中に聞きながら、古代は慣れた旅人のように小さな軍用バック一つの荷物をもって艦内へ入っていく。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『申告の終わった乗組員は、速やかに乗艦申告時渡された艦内服に着替え、所属する各科責任者の指示に従い所定の場所で待機せよ。 繰り返す、申告の終わった乗組員は・・・』

「古代さん。 なぜ軍に戻って来たんですが? 肝心な火星には居なかったクセに・・・」

 航宙機搭乗員待機所から艦内通用口へ出た途端に古代を見掛けたオレンジ色が目立つブラックタイガー隊戦闘服姿の森雪は、そのまま右舷中央通路に出てくると皮肉混じりに背後から古代を呼び止めた。

「一体なにを企んでいるんですか?」

「沖田提督ってのがどんな人間か実際に見てみたくてね」

「そんなことで・・・」

 二人の険悪な会話を断ち切るように非常警報が突然鳴り響くとともに、警告灯が激しく点滅する中で続く緊迫した艦内放送が無機質な鋼鉄の艦内通路に繰り返し流される。

『緊急事態! 科長以上の各セクション責任者は直ちに各自の持ち場で人員の確認作業へ入れ!』

『ドックおよび港湾作業責任者は、緊急出航の可能性に留意せよ!』

「んっ? ブラックタイガー隊は全機即時発進準備して待機! 俺は第一艦橋へ行く!」

 点滅する非常灯とともに艦内全域に鳴り響く緊急事態を告げる警告音と緊迫した命令に反応し、別人のように厳しい表情に変わった古代は森雪に指示を下すと慌しく艦内通路を駆け出そうとする。

「なぜ、あなたが命令を?!」

「今日から俺が戦闘班の班長なんだよ。 ブラックタイガー隊のエースさん」

「・・・・・・」

 古代は、かつて自身がエースとして所属したブラックタイガー森雪の不満一杯の非難めいた質問に自身の左肩の階級章を強調して見せながら慌しく話すと、呆気に取られる森雪を残して足早に第一艦橋へ続く右舷中央エレベータへ向かった。


〈なぜ、あなたが・・・ 戦闘班長? 三等宙佐? なぜ・・・〉


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと364日・・・ あと364日−
 

 
 Episode 2.5 運命の号砲
The signal gun to fate


 エレベーター扉が圧縮空気音とともに素早く開き、古代が耐熱合成皮製のグラブを嵌めながら第一艦橋へと足を踏み入れると、地球防衛軍司令本部よりの藤堂長官の緊迫した通信が聞こえてきた。

『・・・の物と思われる未知の大型誘導弾が哨戒に掛かり、そちらに向かっているという情報が入った。
 どうらやそのフネのことが、とうとうガミラスに知られたようだ』

『月面基地に迎撃命令を出したが、その大きさからして航宙機で破壊するのは恐らく困難だろう』

 地球へ向けて宇宙空間を進む漆黒のガミラス惑星間超大型誘導弾は、直径947メートル、全長1,512メートルという見る人の遠近感を狂わせるほどの巨大さから奇妙なほど遅く見える速度で、しかし着実に着弾目標である九州坊ノ岬沖へと向かっている。

「緊急発進する。
 相原! ドック作業員の緊急避難を要請しろ。
 真田君。 外部動力の状況はどうか?」

「現在充填率46.38% 毎時平均2.71%で流入中です」

「・・・・・・」

 補助エンジンを起動するために、地下都市の生命線である緊急発電システムとして使用されている巡洋艦「くまの」の機関を全力運転させた貴重な余剰エネルギーの優先的な注入を受けているが、この充填速度では始動開始が可能となる満充填までには20時間近い時間が掛かる・・・

「技師長! これを見てください!」

「これは?! 全世界からエネルギーが・・・」

 それまで遅々として進まなかったエネルギー状況表示盤の数値が見る見る進んでいくとともに、周囲のドックや都市に点されていた光と機械類が稼働する様々な騒音が潮の引くように消えていき、不気味な静寂と漆黒の闇へと飲み込まれていく・・・

 同時刻、地球各地で辛うじて生き残っている主要地下都市でも、突然訪れた静寂と暗闇に包まれた終末への込み上げる恐怖に耐えながら、それそれの国言葉で微かな希望へとすがる市民の声が聖堂のように静まり返った地下空間の中を荘厳な祈りのように高く低く広がっていた。

「我らが希望の船に神の御加護を・・・」


『・・・9DC。 艦体管制を渡します』

「ようそろー 艦体管制頂きました。
澤田工場長、長い間ありがとう御座いました」

『真田二佐、貴艦の安全な航宙と無事なる帰還を願います』

「はい。 行ってまいります」

 発進に向けた慌しい作業の手を一瞬止めた真田は、これまで一年に渡り困難という言葉では簡単には表せないほどの苦難の連続だった建造作業を直接現場で指揮してきた工廠司令である老練な先輩技術士官にモニターを通して心からの感謝を込めた敬礼を送る。

『艦橋CIC(戦闘指揮所)。 本艦への管制移行を確認、発進シーケンス進行中・・・』

「艦長・・・ 始動用エネルギー充填一杯。 全艦整備です」

「・・・・・・!」

 自席から見上げる真田技師長に力強く頷いた沖田は、真っ直ぐに正面遥か16万8,000光年彼方の希望の地を見据えると、地球に残る全人類16億人の願いを受け止めるように決然と命令を発する。

「島! 補助エンジン始動」

「島ぁ?」

 艦橋前面の中央に置かれた戦闘班長シートに座って計器類のチェックを始めたところへ、艦長命令の聞き覚えのある名前に右隣のシートへ座っている人物へ改めて顔を向ける。

「ようそろー! 機関長、補助エンジン始動願います」

『了解! 補助エンジンへの回路接続』

 緊張した表情でヘッドセットを付けて航海長シートに座っている島大介は、沖田艦長の命令に了解を返しながら硬く微笑んで旧知の古代に顔を合わせ軽く頷くと、シミュレーションで散々繰り返した補助エンジンの始動手順を慣れた手付きで進めていった。

「外部エネルギー充填100% 全回路正常作動確認。 補助エンジン始動準備よろし」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「反応炉動力線コンタクト・・・ 補助エンジン起動回路接続、補助エンジン始動プログラム開始」

「ようそろー 補助エンジン始動開始よし」

 機関室では老練な徳川機関長が、全世界からの命の火ともいえる貴重なエネルギー注入を受けて補助エンジンの始動を開始すると、機関員たちの様々な操作によって「方舟」に命の吹き込まれていく様子を三甲板をぶち抜いた高い機関室上部の主エンジン総合運転室から分厚い硬化テクタイトの透明なパネル越しに愛おしそうに見詰めながら徐々に出力を上げていく。

「補助エンジン正常起動確認よし!」

『各補機安全確認よろし』

「安全確認よし。 補助エンジン出力上昇へ」

「いい子だ・・・ 頼むぞ・・・ エンジン出力、100・・・200・・・300・・・」

 分厚い防爆装甲パネルを通してまで響く低音の振動を伝えながら、徐々にエンジンの回転数が上がっていくのが分かるように音質が高音へと変わっていく。

「2,000・・・3,000・・・3,600・・・3,800・・・
 現在、補助エンジン定格出力!」

「機関内部ストレス設計許容範囲内。 推力発揮問題なし」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


第一艦橋では沖田艦長の発進へ向けての指示が続いている。

「艦長。 ドック避難完了との連絡が入りました」

「よし。 舫い放て! 傾斜復元! 船体起こせ!」

『舫い、放ぁてぇ〜!』

「船体起こせ〜!」
 


 沖田艦長の命令に答え島航海長が舵を操作すると、甲高い補助エンジンの出力音とともに今まで若干右舷へ傾いていた船体の傾斜が徐々に復元し、それに伴い艦橋前面の透明な硬化テクタイト製の窓を塞いでいた物質が轟音を立てて割れながら剥がれ落ちていく・・・

 赤茶けた光が入りはじめた艦橋前面窓から見える風景は艦船勤務に慣れない古代には驚くもので、どうやら艦橋の高さは地上から数十メートルあるようで、しかも艦橋から前方200メートルほどもある地上部分も船体の動きに合せて盛り上がってきているように見える。

〈ん? あの左前方に見えるのは地下都市からのエレベーター?〉

「こ、これは・・・?」

「そうだ。 ヤマトだ・・・」

「やまと?!」

 吹き付ける砂に埋もれて徐々に崩れ消えていくように見えていた戦艦大和の巨大な残骸が大地を揺るがす振動とともに崩れていき、剥がれ落ちる土砂や錆び付いた残骸に見えていた土煙の中から硬質な金属質の鈍い輝きが所々に違和感もって見え隠れする。

 さらに、地表の土砂の中から見えてきた巨大な三連装の砲身をもった砲塔が現れ、250年の間に岩の様に硬く積もった土砂を力強く崩しながらゆっくりと左舷方向から中央方向へ旋回し始める。
 


「抜錨! ヤマト、発進!」

『抜錨〜!!』

「抜錨よし! ヤマト! 発進します!」

 艦橋前面の厚い装甲窓越しに見える艦首方向の赤い大地を真っ直ぐに見詰めたまま復唱を返す島の躁艦に答えて船体の振動はさらに大きくなり、甲板上各所に残っていた土砂や残骸を振り落としながら水上艦の面影を色濃く残した特異な形状のヤマトの巨大な船体が重々しく地表へ競り上がってくる。

 従来のグローイ級惑星間航行宇宙戦艦より二廻りほど大きく重厚感に溢れた正式名称M-21991式大和型恒星間超光速航行宇宙戦艦「ヤマト」は、波動砲装備のために艦首部が延長された全長298メートルにも及ぶ巨大な船体が全て地表上に現れ、フネの下面に塗られた鈍い赤色の無反射防錆塗料が260年ぶりに太陽の光を浴びて真新しく輝く。

「船体浮上。 現在高度3,500・・・ 4,000メートル・・・ 安全高度確認」

『艦橋機関室。 補助エンジン、現在出力80% 慣性制御バランス正常』

 緊急発進にともなう切迫した航海科、機関科の報告に続いて、ヤマトを戦艦たらしめている戦闘部署からの報告も次々に第一艦橋へ入ってくる。

「主砲、副砲、作動、動力伝達ともに問題なし。 パルスレーザー準備よろし。
 前後部空間魚雷発射管、左右舷側及びVLS誘導弾発射機構正常・・・
 戦術コンピューター管制よし。 レーダー、測的、照準機構、正常作動中」

『艦橋CIC。 FCS(火器管制機構)現在最終システムチェック中・・・ 完了まで15秒』

「艦内エネルギー連動正常、各砲予備タキオン量子転換炉即時待機中・・・
 艦首次元波動投射砲(FWP)のみ動力不足」

 艦内各部署より作動状態の報告が続く中、太田航宙統制官の緊迫した警告が鋭く響く。

「ガ軍超大型誘導弾、距離400宇宙キロ! 着弾まで約20秒!」

「あの大きさだと地表に落下させるわけにはいかんな・・・ 主砲で迎撃する。
 島、面舵一杯。 左舷を敵大型誘導弾へ開け」

「ようそろー 面舵35度」

「艦長。 主砲射撃管制システムの最終チェックがまだですが?」

 第一艦橋左奥の主任分析制御席に着くヤマト艦載装備の最終責任者である真田技師長が冷静な声で疑問を差し挟むが、

「撃てんのか?」

「いえ・・・ 問題はないと思いますが」

「何れにせよ他に方法はないんだ、必ず迎撃を成功させろ」

 沖田艦長の命令に一瞬返答を詰まらせる真田技師長ではあったが、確かに艦長の言うことはもっともであり気持ちを切り替えると戦闘指揮所と連動して主砲射撃管制システムのチェックを進める。

「分かりました・・・ 古代、主砲の発射手順は分かっているな」

「はい。 一応睡眠学習で・・・ ただ、こんな大きな砲は初めてですから・・・」

「ここで失敗するようなら、どのみち先はない」

 古代は沖田艦長の落ち着いたことばに微かに頷きながら、細かな震えを見せる右手を背中で隠すように主砲の発射準備を手順に沿って進めていく。

「距離200宇宙キロ! 迎撃不可能域まで後8秒!!」

「補助エンジン出力上げろ! 動力を最優先で主砲へ回せ」

『補助エンジン出力上げます。 動力、各主砲予備タキオン量子転換炉へ伝達・・・』

 沖田艦長は手元のコム端末を通して機関室の徳川機関長へ直接命令を伝えると、続いて前方正面に座る島と古代の背中に向かって次々と指示を出していき、ヤマトは250年ぶりとは思えない手際のよさで急速に戦闘準備を整えていく。

「主砲発射体勢! 島、フネの姿勢を安定させろ」

「ようそろー 両舷アクティブスタビライザー作動よろし」

「5秒・・・」

「古代、全主砲射撃用意!」

 第一艦橋のメインスクリーンの中で徐々に大きくなっていく不気味な無反射表面仕上げのなされた漆黒の惑星間誘導弾を横目で睨みながら、沖田は初めて乗ったフネであり不慣れな者も多いクルーに冷静に指示を下し続ける。

「4秒・・・」

「主砲斉射用意よし! 目標、左舷の大型惑星間誘導弾!」

「3秒・・・」

「精密測的完了! 誘導弾、ヤマトの主砲軸線に乗った」

 南部砲術士が緊張したときの癖でメガネの位置を指で直しながら測的結果を報告する。

「全主砲エネルギー充填一杯!」

「誘導弾! あと30宇宙キロ!! 直撃します!!」

「主砲斉発第一射法、撃ち方はじめ」

「・・・撃ちぃ方はじめ!」

「てっ!」

 主砲の発砲とともに地表にヤマトを中心としたリング状の衝撃波が走り、三連装砲塔三基、合計九門の46cmショックカノンから発射された膨大なエネルギーを伴う鋭いビームが目前に迫った漆黒の巨大な惑星間誘導弾へ螺旋状に絡み合いながら迫っていくと共に、主砲発射の眩い光によりシルエットとなったヤマトの船体が反動を受けて大きく右舷へ傾いていく・・・
 


 成層圏にまで立ち上がり巨大な範囲に広がった大型惑星間誘導弾の爆炎がヤマトを包み込み大型スクリーン全面に広がったところで、地球防衛軍司令部を猛烈な直下型地震のような激しい衝撃が襲うとともにモニターの画像が突然大きく乱れると消えた。

「地表監視システム、ダウンしました!」

「復帰、急げ!」

『全センサーシステムチェック急げ!』

 藤堂長官の命令に、司令部のオペレーター全員が激しいノイズを映し続ける大型モニターの復旧作業を懸命に続けると、第三予備システムを担当していた女性オペレーターの一人が映像を映し出した自席のモニターのデーターをメインスクリーンへ転送する。

『ビデオデーター入力確認・・・ ノイズ解析中』

「予備システムの映像出せます! 画像若干遠いです!」

 復帰したスクリーンには、先程より遠い距離にもかかわらず全面に黒々として所々に炎や閃光が走る巨大な爆炎が広がっており、オペレーターの操作で慌しく各所をサーチし続けるが爆炎以外の何も写らない。

「ヤマトは・・・?」

「確認・・・ できません・・・」

『IFF信号確認できず』

 藤堂長官が全面爆炎だけを映し続けるスクリーンから目を離すことができずに思わず呟く中、右前方に立った参謀二佐の悲痛な報告が消え入りそうに続く。

『赤外線フィルターを掛けろ!』

『画像データーのアルゴリズム解析急げ!』

「だめか・・・ だめなのか・・・?!」

 人類最後の希望が、ここでなくなるのか・・・?

『IFF信号、入力感度上げろ!』

『電磁パルス障害大きい』

「生きてるセンサーで監視エリアを再構築しろ!」

「微細なインパルスも見逃すな!」

 オペレーターたちが各所をサーチし続けるスクリーンを藤堂長官をはじめ全員が立ち上がって食い入るように見詰め続けるなか、爆炎の一部が僅かに盛り上がり艦首波動砲口や船体各所から爆炎を引きずったヤマトが小さく現れると、淡々としたオペレーターの報告に被さって参謀の一人が感極まったように絶叫する。

『IFFデーター取得・・・ BBS-001』

「ヤマト! ヤマトです!!!」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 ギリギリで危機を切り抜けた宇宙戦艦ヤマトと地球防衛軍司令本部との通信が回復し、強烈な電磁パルスによるノイズが入る中で沖田艦長と藤堂長官がスクリーン越しに会話を交わす。

「沖田君。 ヤマトが無事で何よりだ」

『長官。 心配を掛けてすまん。 本艦に大きな損傷はなく無事だ』

「うむ・・・ このまま行くつもりか?」

『ガミラスが対応策を取る前に太陽系を抜けたい。 このまま行こうと思っとる』

「そうか・・・ 分かった・・・
 沖田宙将! ヤマトを率い、当初の作戦通り出撃せよ! 航宙の安全と貴艦の健闘を祈っている!」

 沖田の健康状態からして、恐らく二度と再び会うことがないであろう万感の思いを込めて敬礼を交し合う藤堂長官と沖田提督に、ヤマトの乗組員と地球防衛軍司令本部の将兵全員の敬礼がそれぞれの思いを乗せてしめやかに続く。


「島。 補助エンジンの出力を上げ波動エンジンを始動させよ」

 藤堂長官に続いて海軍式の敬礼から直った沖田提督の命令に、それぞれの思いから現実に戻ったクルーが慌しく地球離脱へ向けての作業をはじめて行く。

「ようそろー 補助エンジン出力上昇。 波動エンジン始動用意」

『補助エンジン出力上昇。 フライホイール始動』

「波動エンジンとの接続回路確認」

 徳川機関長の操作により次第に出力を上げていく補助エンジンの表示を確認しながら、人類初の波動エンジンの始動へと同時に高まっていく内心の緊張に島航海長の額にも汗が流れる。

『波動エンジン起動回路パーフェクト・・・』

「補助エンジン過出力へ・・・ 110%・・・ 115%・・・ 118%・・・ 119%・・・ 120% 出力臨界!!
 フライホイール接続! メイン点火!」

『波動エンジン始動!』

「・・・・・・」

 波動エンジンとの接続により、それまでの補助エンジンの全力運転による轟音が収縮するように消え、艦橋のクルーにも不安が広がるが、永遠とも思われる数秒の後、フネの奥底から響いてくるような低音の振動と甲高い駆動音が徐々に大きくなり波動エンジンの力強い推進力を感じられるようになる。

「波動エンジン始動確認!」

『次元波動圧力上昇中・・・』

「波動エンジン出力安定」

 波動エンジンの力強い轟音が低く艦内に響き渡るとともに、赤茶けた地球を背景に次第に遠ざかっていくヤマトには人類の明日への希望が掛かっている・・・


「地球引力圏離脱します」

「波動エンジン出力上げろ。 第二宇宙航行体制」

「第二宇宙航行体制。 ようそろー」

『安定翼収め方よう〜い!』

 母なる地球の重力影響圏を脱したヤマトは、波動エンジンの出力を上げると一気に無数の敵ガミラスが待ち受けるであろう暗黒の宇宙空間へと迷うことなく突き進んでいく・・・

「よし。 24時間後に超光速航行テストを行う。 メインスタッフは直ちに中央情報作戦室へ集合」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと363日・・・ あと363日−
 

 
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