「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」
透明な対放射線遮光バイザー越しのパイロットの瞳に、ガミラス機とブラックタイガー隊が相互に発砲するお互いを死へと誘う心を魅了するほどに美しい荷電粒子ビームの煌く光点と、刻一刻と確実に減り続ける残燃料を気遣いながらも全力噴射を繰り返すエンジンの光曳が映り込み、狭いコックピット内にヘルメットのマスクでくぐもった自身の極度に緊張した浅く荒い呼吸音だけが広がっていく。
「ガミラス艦へのターゲティング完了! あと何秒?」
旗艦「えいゆう」の艦載機として発艦したブラックタイガー隊から、エースパイロット森雪二尉の敵艦の精密座標評定が完了したとの待ち焦がれた報告が旗艦艦橋の佐々木航宙統制官に入る。
僅か8機の・・・ いや、5機になった第一遊撃艦隊を直援する最後の航宙機は、十倍以上に達する数のガミラス航宙機を相手に鬼神のような激戦を繰り広げ、次々に戦友を失う地獄のような戦場の中で僅かな隙を突くように敵艦に対するターゲットマーカーの評定も同時に行っているのだ。
『艦隊主砲の有効射程距離内まで、あと15秒!』
* * * * * * * * * * * *
「ガ軍艦隊。 艦隊脅威範囲内の巡洋艦ヨン(4隻)、駆逐艦フタジュウヨン(24隻)、全精密測的よろし!」
尊い犠牲を払いながらブラックタイガー隊は任務を完遂した・・・ 後は艦隊の仕事だ。
「艦隊砲雷戦用意! 艦載機を退避させよ」
「全艦、砲雷戦用ぉ〜意! 最大戦速即時待機!」
「全艦載機、艦隊砲撃戦影響範囲より至急退避せよ!」
沖田提督の命令に佐々木航宙統制官が復唱してブラックタイガー隊に伝える。
『了解! 離脱します』
生き残っている4機のコスモタイガー改が四方に散開した後方空間に、大きく映る赤い火星を背景にしたM-21741式グローイ級英雄型宇宙戦艦BBS-225「えいゆう」を中心とする第一警戒航行序列を組んだ地球防衛宇宙軍第一遊撃艦隊10隻の整った隊列が見えてくる。
「航海、右15度変針。 艦隊全速!」
「ようそろー 面ぉ〜舵ぃ〜 針路ぉ〜フタサンフタ・マルヒトマル。 速度第四戦速から全速へ〜」
『機関! 全速〜!』
津田航海長の旧日本海軍風に抑揚を付けた航海科独特の復唱に、巨大な機械に囲まれ騒音と高熱が充満した狭苦しい機関室に船外服を着用して部下とともに篭った機関長徳川彦左衛門の老練で落ち着いた声がコム端末を通して続く。
「砲術、針路固定後艦隊左舷反航戦となせ!」
「ようそろー 艦隊左舷反航戦用意」
「戻ぉ〜せぇ〜 針路ぉ〜フタサンフタ・マルヒトマル固定〜 現在全速〜」
津田航海長の冷静で的確な躁艦により、艦隊はガミラス艦隊とほぼ1,500宇宙キロの距離で並行する進路を約1分間ですれ違う正反対方向の空間へ25宇宙ノットの艦隊最大速度で突進していくが・・・
「敵艦隊軌道急変更!!」
「敵前衛艦隊左舷上昇急転舵を行う! 距離ヨンフタ(4,200宇宙キロ)!」
「ガミラス艦の機動、100Gを超えています!!」
両艦隊は双方反航する状態で真正面から急速に接近しつつあり、先程行われた地球艦隊の右舷への変針で左舷同士を向け合った短時間での突破を狙った反航戦となると思われたが、速度と機動力で圧倒的に勝るガミラス前衛艦隊は信じられないほどの急激な上昇左反転機動を行い、それまでの慣性速度を利用して地球艦隊の火星への進路を遮るように左舷側を圧迫しながら長距離同航戦へと強引に持ち込んでいくとともに、後方を進んでいた艦隊主力は取舵を取って頭を抑える構えである。
「そんなバカな・・・ 信じられん・・・」
「敵艦隊針路ほぼ反転! このままではサンマル(3,000宇宙キロ)付近での同航状態に入ります!」
まったく次元の違う機動力を見せられては地球艦隊に最早逃れる術もなく、火星方向へと進むかぎり横腹を叩かれ続け、向かう先には艦隊主力が待ち受けるというガミラス艦隊の狙い通りの最大射程距離からの腰を据えての打ち合いとなる最悪な戦闘状況へと陥っていく・・・
「うろたえるな! 左舷同航戦用意となせ」
〈機動戦を重視するガ軍が同航戦・・・
我々の突破は許さないということか・・・〉
逆に考えれば、それだけ突破されることを恐れているのか・・・
「距離サンフタ(3,200宇宙キロ)! 相対速度変わらず」
「全艦対艦砲雷戦用意! 目標、左舷10時の同航するガミラス艦隊!」
『10時の方向ぉ〜 同航戦に〜備え〜!』
太田航宙士の警告に能村戦闘班長は艦隊砲戦の準備を下令し、宇宙空間での軌道艦隊戦の最終的な準備が的確で迅速に進められていく。
「全艦戦闘!」
「せんとぉ〜〜〜!」
地球防衛軍随一の砲撃名手である南部康雄艦隊最先任砲術士は緊張した面持ちで伊達で掛けているメガネの位置を指で軽く直すと、改めて気を落ち着けて砲撃戦の命令を達する。
『距離3,188・・・ 3,187・・・』
「レーザー光学照準問題なし。 重力場偏差補整確認よし。 各艦入力確認よろし」
〈必ず全弾命中させて見せる!〉
南部砲術士の気迫のこもった命令で口径36センチ三連装の各主砲塔が重々しく旋回し、遥か左舷方向のガミラス艦隊へその筒先が一斉に指向されるとともに、指揮下各艦の主砲もそれぞれに左舷への旋回を始める。
「本艦の目標は先頭二番艦の大型巡洋艦! やはぎ以下の護衛艦は最も近い駆逐艦を照準せよ!」
「ようそろー 照準目標リンク入力よし。 各艦伝達確認よろし」
能村戦闘班長の最終的な目標指示で各砲塔の砲撃準備が完成される。
『一番砲塔、準備よろし!』
『三番砲塔、用ぉ〜意良し!』
『四番砲塔、準備良〜し!』
艦橋に戦意に漲った各砲塔砲手の報告がコム端末から流れ込む。
『二番砲塔ロック解除不能・・・旋回不良! 発砲不能!』
第一次大改装時に火力増強として増設された戦闘艦橋と一体化された第二砲塔ではあったが、艦橋に射界が遮られないというアイディアとしては良いが元々の無理のある複雑な設計により度々問題を起こしており、先の航宙攻撃による故障で今回の決戦でも左舷へ指向せず艦首方向を向いたままである。
しかし、時は待ってくれない・・・
「第二砲塔の統一射撃管制を解除」
『第二砲塔、独自管制よろし』
「本艦主砲射撃用意よろし!」
『応急指揮所準備よろし!』
艦内と戦術コムリンクから入る各艦の報告が次々と重なり第一遊撃艦隊が急速に戦闘準備を完成させていくと共に、艦隊全乗組員の生存本能と義務感とが狂気の狭間で複雑に絡み合った張り詰めた緊張と異常な興奮が頂点へと向かっていく。
「艦隊全艦戦闘用意よし!」
「敵艦発砲!!」
『エネルギー弾急速に近付く。 到達まで・・・フタ秒』
先行しているガミラス機動襲撃艦隊二番艦である鈍い緑一色のガミラス標準色に塗られたクルーザー型巡洋艦が右舷へ向けた一基の主砲を発砲すると、強力な三条の収束したビームが地球艦隊へ向けて見る間に迫り、圧倒的な射程距離の差を見せ付けるように「えいゆう」の直上を通過して遥か彼方の宇宙空間の闇中へと消えていく。
「敵初弾上方ヨンマル(40メートル)至近!」
「長官!!」
「まだだ・・・ まだ届かん・・・ ギリギリまで引き付けるんだ」
地球艦隊の主力ビーム兵装である光圧荷電粒子砲(フェザーカノン)では、3,000宇宙キロを超えると加速のために同一電荷に荷電した粒子同士の反発力により急速にビーム収束が甘くなり、補助艦艇といえども桁違いの高い防御力を誇るガミラス艦に有効な打撃を与えることができない。
全将兵が胃が焼けるほどの厳しい緊張と焦想に包まれたまま、機器の故障を疑うほどに遅く進む時間と目標距離表示パネルを無言で睨み続ける・・・
「ようそろー 砲手、落ち着いて狙え!」
これから艦隊が放つ一撃に地球で待つ全人類16億人の命運が掛かっているのだ。
各砲手は手や額の汗をぬぐい、改めて照準を見直し僅かな微調整を行なう。
「主砲有効射程まであと5秒、4・・・3・・・2・・・」
太田航宙士の読み上げるカウントが一秒ごとに減っていき、これまで続いた幾多の戦闘により、掛け替えのない尊い犠牲と引き換えに知り得た敵艦への有効打撃圏へ入っていくと・・・
「主砲斉発第一射法、打ち方ぁはじめ」
「全艦に主砲斉射下令! 第一射法!」
沖田提督の最終的な戦闘命令が全艦へ伝えられると、各艦の艦長、戦闘班長、砲術士へと続く戦闘開始を告げる鋭い復唱が艦内を連鎖する。
「主砲、撃ちぃ方ぁはじめ!」
「用ぉ〜意・・・ てっ!!」
地球艦隊各艦の主砲が一斉に発砲し、暗黒の宇宙空間を切り裂く何本もの鋭く眩いビームが遥かなガミラス艦隊へと真っ直ぐに向かっていくと、伝統の異常ともいえる猛訓練によって神業の域に達するほどの高い錬度を誇る日本艦隊の砲撃は、そのほとんどが目標とする敵艦に吸い込まれるように正確に命中する。
しかし、見る限りガミラス艦に全く損傷を与えることができない・・・
「どうした!!」
〈バカな? この距離で効果がないわけは・・・〉
普段は人間コンピューターと呼ばれるほどに冷静沈着な真田技師長の慌てた声に事態の重大性が表れる。
「ガミラス艦の偏向フィールド特性強度が以前のデータと異なっています!」
「以前たって、ついこの間だろう! そんなに早くどうやって・・・」
無理に無理を通して出撃前日付けで艦隊先任技術士官として旗艦に乗り組んだ真田二佐は太田航宙士の報告に色をなした・・・
地球艦隊が対応を取る間もなくガミラス艦隊が主砲の第一斉射を行うと、命中精度自体は日本艦隊ほど高くはないが、その圧倒的に強力な砲撃は確実に味方艦に致命傷を負わせていき、実質的に防弾性能など考えられていない防御力の低い護衛の駆逐艦が次々と撃沈されていく。
「味方三番艦爆発!」
「巡洋艦やはぎに命中弾!」
『ワレやはぎ! 機関出力低下! 艦隊追従不能!』
『・・・あさしも・・・ エネルギーラインに引火! もうだめだ・・・助け・・・』
戦術データリンクとコム通信報告によって艦隊の状況が旗艦艦橋に次々に流れ込んでくるが、突然の甚大な被害に普段の冷静さを失った生の感情が溢れかえり状況が錯綜する。
「左舷後方に被弾! 機関出力低下します!」
「第三、第四砲塔被弾! 動力非常遮断した!」
「機関出力回復急げ!」
こちらの砲撃は全く効果がなく、敵の第一撃だけで艦隊の1/3の戦力が失われ、艦隊唯一の戦艦である「えいゆう」にも被害が相次ぎ確実に戦力が削がれていく。
「ふゆづき大破! 航行不能、戦列を離れる!」
「くそっ! どうなってる? まったく歯が立たないぞ!」
『味方艦艇損耗率40%』
「・・・・・・」
内心に渦巻く感情の乱れを心の奥底に仕舞いこみ、唯一の肉親である一人息子が航海士として乗り組む「ふゆづき」の被弾にも眉一つ動かさずに指揮を取り続ける沖田提督。
「敵第二撃接近! 直撃します!」
「第三デッキへ被弾!」
『艦尾損傷! シアンガス発生! レーダー動力喪失!』
耳を圧する轟音とともに大口径ビームの被弾により「えいゆう」の3万トンに迫る船体が大きく傾き、慣性制御の限度を超えた激しい衝撃に艦橋でもバランスを崩して倒れる人員もでるが、船体左舷艦尾上部では艦腹に大きく破孔が生じると、そこから艦内の空気とともに機材や乗組員が真空の艦外に吸い出され、深く傷付いた被弾区画内には膨大な投射エネルギーにより無数の激しい火災が発生する。
「後部誘導弾弾庫内異常加熱!」
「ダメコン急げ! 隔壁閉鎖!」
「左舷艦尾14番隔壁閉鎖!」
* * * * * * * * * * * *
「待ってください! まだ、中に部下がいます!」
『猶予はない。 収容急げ!』
冷酷に告げられた艦橋からの命令にコム端末を乱暴に戻した根元三尉は、10メートルほど前方の配電パネルの隅に張り付いている同郷の兵士に声を枯らして叫び掛けるが、猛烈に排出される艦内空気の流れにどうしても近付くことができない。
「堤一士! 待ってろ、いま助けるぞ!
おい! ロープを探してこい!!」
「根元三尉・・・」
パネルの端から激しい気流に逆らって僅かに顔を覗かせた堤は、火災で真っ黒く焼けた顔に白い歯が一瞬覗く爽やかな笑みを浮かべると、一面灰色の壁面に設置されている黄色いパネルに赤く光る非常隔壁閉鎖ボタンを、透明樹脂製の防護カバーとともに焼け爛れた手で自ら叩き押した。
「有難うございます。 三尉、御武運を・・・」
「堤ぃ〜〜〜!!」
通路に響く警告音に二人の声が遮られ、降りてきた気密隔壁により艦内と隔てられた空気が抜けて行くとともにブロック内の音が徐々に消えていき、異様に感じる不思議な静寂と時間の中、電気火災の予想を超える高温により耐火塗料までもが燃える火災が無音で艦内に広がっていく。
「バカやろ・・・ まだ、17だぞ・・・ 死ぬには早すぎる・・・」
「広域ガス消火待て!! 生存者だ!」
激しく燃え盛る地獄の炎と、互いに見詰める幼さの残る顔との視界を無常にも遮った熱い隔壁に、力尽きたように静かに己が背を預けて崩れた根元三等宙尉の全身に、辺り一面に残る火災とともに応急作業に駆けつけた男たちにより一面に真っ白に霞むよどの消火粉末がぶちまけられる。
「主幹動力回路チェック! 復旧急げ!」
「急げ! 火を消せぇ〜!! 火を消すんだ〜!!」
応急作業班として艦内の消火に当たる、斉藤二尉をはじめとした強化戦闘服に身を固めた空間騎兵隊を中心とする男たちによる懸命の消火作業にもかかわらず艦内に発生した火災はなかなか収まらない・・・
次第に艦内の戦闘航宙に必要な重要システムがダウンし、戦艦としての戦力が徐々にではあるが確実に低下していくのを誰にも止めることができない。
「だめだ、もうこのフネでは奴らには勝てない・・・」
ついに沖田提督の口からも弱気な言葉が漏れるのであった・・・
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