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Space Battleship YAMATO Episode 1
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Space Battleship ヤマト 2199

火星域会戦
 Episode 1.1 広島地下第三ドック
The third dock in HIROSHIMA underground


 地球連邦環太平洋特別行政区日本広島地区南部の地下深く1,000メートルを超える厚い岩盤をくり貫いて作られた地球防衛軍極東軍管区呉工廠第三ドック群の一画では、供給される部品資材の途絶により長期にわたって船台を占領し続ける複数の大型艦艇に混じって、激しかった数日前の遊星爆弾迎撃戦闘で損傷した地球を守る最後の盾である小型ミサイル艦の修理が慢性化している多数の欠員と絶望的に不足するエネルギーをもやり繰りして最優先の24時間体制で行なわれている。

 20数年前となる2170年代初め、逼迫する地下鉱物資源の次世代調達先として本格的な開発が始まったばかりの小惑星帯、その内惑星宙域と外惑星宙域とを隔てる火星と木星の間に存在する広大な未探査空間での不確かな初接触と消しきれない旧国家間の相互不信からくる政治的混乱、それに続く大規模な騒乱と連邦制への生みの苦しみとなる、20億人を超えるともいわれる余りにも膨大な犠牲者を出した凄惨な統合戦争の傷も癒えかけた近年、敵対勢力として突如として顕著化した地球人類と隔絶する高度な科学技術を持つ正体不明の地球外高等生命体・・・

 何時のころからかガミラスと呼ばれるようになった次元の違うほどに圧倒的に強大な戦力を誇る敵軍。 その尖兵たる強力な宇宙艦隊による太陽系内惑星宙域の人類活動圏に対する執拗な攻撃と、遊星爆弾をはじめとした地球全土に対する大規模な無差別戦略核攻撃は、直接的に80%に達する人類を死に至らしめるとともに地球上にある全ての都市を破壊し、深刻化する放射能汚染により人類文明はもちろん生態系をはじめとした地球環境にも壊滅的な大打撃をあたえ続けていた。

 進んだ大都市を抱える先進地域ほど激しい爆撃を受けたが、火山地帯を攻撃することによる地球の必要以上の地殻変動を恐れたガミラスにより元々落下する大型遊星爆弾が少なく、また過去大戦時における被爆や重大な原子力発電所事故の経験により放射能対策が早くから進んでいたこともあり、致命的な被害を受け壊滅した地域もでている旧先進諸国の中では比較的 ― あくまで比較的にだが ― 被害の少なかった日本地区は、今や環太平洋特別行政区だけではなく、極度に疲弊し全地球的な統治能力を失いつつある地球連邦政府に代わる事実上の臨時首都として人類生存への最後の砦となっていた。

 圧倒的な戦力差から徐々に地球近郊へと押し込まれていく内惑星宙域で、膨大な犠牲を払いながら決死の抵抗を行ない続ける宇宙防衛戦力も、地球連合宇宙艦隊が壊滅的な損害を受けることとなった第二次火星域会戦での国際共同反攻作戦に関連法整備の遅れにより参加できなかった結果として辛うじて纏まった戦力を保持していた日本統合防衛艦隊が、続いて発生した後のない地球軌道防衛会戦での本土防衛特別航宙隊をも含めたなりふり構わぬ総力戦により、辛うじてガ軍の地球本土直接進攻を阻止したことと引き換えにした壊滅的ともいえるほどの著しい艦艇と人員の消耗を受け、事実上そのまま現在の地球防衛艦隊の基幹戦力となっているのが現状だ。

 閑散とした空気さえ漂う薄暗い工廠内の一画に大掛かりな修理作業の喧騒が響く中、眩い作業灯を浴びた独特の青味かかった鈍いグレーを基調とした光電磁波反射低減処理塗装に、僅かに赤に近い暗いオレンジと黄色の混じった元の日本統合防衛艦隊護衛艦標準色に塗り分けられたままのM-21881式宇宙突撃駆逐艦DDS-117「ゆきかぜ」の深く傷付いた姿が浮かび上がる。
 突然の地球防衛艦隊への編入統合で便宜上、艦種としては宇宙駆逐艦と呼ばれることになったが、各国の一般的な駆逐艦より一廻り小型なコルベット艦といえる全長71.5メートル、基準質量680トンの艦隊随伴誘導弾搭載護衛艦磯風型は、地球へ迫り来るガミラスの遊星爆弾を防ぐ最後の盾として、その加速力と機動性を生かして主兵装となる反陽子誘導弾による迎撃任務に付いていたが、戦術局面ではガ軍艦艇をも凌ぐ高い機動性を発揮するための航洋性を捨てた極端なまでの小型軽量化により戦闘による損傷はどうしても大きくなりがちだ。

 厚い岩盤に囲まれた空洞内のドックに規則正しく響く硬い靴音を引きずり船台に横たわり疲れきったように眠っている「ゆきかぜ」を愛おしそうに見上げながら足早に通路を歩いてきた痩身の男が、蒼い地球防衛軍標準艦内服の上に規定外ではあるが伝統により黙認されている漆黒に近い深い濃紺色に染め上げられた日本統合防衛宇宙軍士官外套服をスマートに着こなした背中を止めると、作業用タラップの上で修理作業の指揮を取っている同じ艦内服の上に外套の代わりに軽放射線防護白衣をまとった同年代の技術士官を見上げて声をかけた。

「真田! どうだ、ゆきかぜは? 戦えるようになったか」

「んん? ああ古代か。
 船体の応急は概ね片付いたが、慣性制御係の損傷が思ったよりも大きい・・・
 根本的な修理には、最低でももう72時間は必要だな」

 呉第三ドック群Cドックの艦艇整備技師長となっている真田志郎二等技術宙佐は見ていた実体ファイルから、いかにも科学者・技術者といった生真面目で少し神経質そうな風貌の顔に配された特徴的な薄い眉を訝しげに軽く上げると、見知った懐かしい顔に僅かに左の口元に笑みらしきものを見せながら腕を開くことなく垂直に右手を顔の横に沿わせる伝統的な海軍式の敬礼を交わし合い、宇宙戦士訓練学校同期の気安さで軽く「ゆきかぜ」の現状を艦長の古代守二等宙佐に伝えるが、硬い表情のまま思い詰めたように聞いている古代の様子はただ事ではない・・・

「真田・・・ 俺は行くよ。 今回の作戦では一隻でも多くのフネが必要だろう」

「しかし古代。 このフネの状態ではとても戦闘には耐えられないぞ!」

 確かに今次のガミラス火星前線基地攻略を目指したMF作戦は、地球防衛軍に残された全ての宇宙機動戦力を投入する正に人類の命運を掛けた最後の決戦であり、また真田は古代の一旦いい出したら後に引かない真っ直ぐな性格も分かり過ぎるほど分かっていたが、艦艇修理責任者として戦闘に耐えられない状態どころか、ただ航宙するだけでも地球への帰還すら覚束ない状態のフネを再び戦場に出すなどということを認めるわけにはいかない。

「火星までたどり着ければ上等だ。 それ以上に多くは望まんよ」

「古代! 貴様、死ぬ気か?!」

 真田の切迫した問いに古代は乾いた笑いを浮かべながら静かに答えた。

「どの道、今度の作戦に負ければ人類に未来はないんだ・・・ 同じことじゃないか」

 余りにも達観した古代の優しげに語る言葉に真田はそれ以上何も言うことができなかった。
 確かに今の地球防衛艦隊の現状では例え一隻の小型駆逐艦と言えども貴重な戦力なのだ。

「古代・・・」

「そんな顔をするなよ。
 今回は、沖田、土方、近藤の神様勢揃いだ。 必ず勝つさ」

 真田は返すべき言葉も浮かばず、僅かに寂しさの残る笑顔を浮かべる古代の顔を無言で見詰め続けるだけだった・・・

〈反陽子の供給を絶たれて満足な数の誘導弾もない駆逐艦で・・・〉
 


 この宇宙駆逐艦「ゆきかぜ」だけではない。

 今や地球防衛艦隊といっても、譲ることのできない絶対防衛圏である火星軌道内域の制宙権をめぐって続けられた火星周辺宙域での激しい消耗戦で主力の連合宇宙艦隊を完全に消耗し、本土決戦方針を執っている北米欧州連合軍と意見を違える日本統合防衛艦隊だけで戦っているといってよいのが現状であり、どのフネもこれまでの圧倒的に強大なガミラス艦隊との休むことなく続く激戦で傷付き何らかの不具合を抱えているものがほとんどだが、情け容赦なく続く遊星爆弾の戦略爆撃により極度に疲弊した今の地球防衛軍は、戦闘艦の新造どころか損傷したフネを満足に修理整備する能力すら不足するほどの極限状態に追い詰められていたのだった。

〈このMF作戦は無謀だ・・・ しかし、他に手がないなら・・・〉

「んっ!」

『月面基地早期警戒指揮所より緊急警戒警報! 早期警戒指揮所より緊急警戒警報!
 防宙識別圏へ侵入せり遊星爆弾複数、終末迎撃を突破! 西日本地区へ落下の公算大!
 繰り返す・・・ 複数の遊星爆弾、西日本地区へ落下の公算大! 各部厳重に警戒せよ!』

 二人の会話を断ち切るように工廠内に大音響の警報が鳴り響くとともに続く切迫した警告に一瞬顔を見合わせた古代と真田だったが、次の瞬間には振り向いた真田が工廠内で作業を続ける将兵と作業員に次々に大声で指示を下しはじめた。

「各部持ち場にて警戒態勢! 保安要員非常呼集! 司令本部に状況確認!」

『保安要員、総員非常呼集! 非常警戒配置に就け!』

『各員、衝撃に備え安全確保!』

 一瞬の間を置いて地下深くの工廠内にも感じられる鈍い振動が複数回重なるように響いてくると、続く一段と激しい地の底から突き上げるような衝撃とともに突然工廠内の全照明が落ち、暗黒の地下空洞全てが非常灯の鈍い灯と激しく点滅する警告灯の赤い原色の世界に染め上げられる。

「おい! 近いぞ!」

『G7(100万トン)級大型遊星爆弾と破砕した分裂弾複数、北兵庫から滋賀付近一帯に着弾を確認!
 各部被害状況を確認するとともに、保安要員は放射能の流入に備えよ!
 繰り返す、保安要員は直ちに放射能の流入に備えよ!』

「動力も落ちてるぞ! 非常電源はどうした!!」

「動力を確保しろ! 早く与圧装置を復帰させるんだ!」

 突然の衝撃に反射的に伏せていた古代は、目の前に落ちた黒い鍔付きの白い制帽を右手で深く被り直しながら立ち上がると、非常灯だけの薄暗くなった工廠内に錯綜する様々な警報や警告が響き渡り、作業員や保安要員が走り回り怒号を発し続ける大混乱の中、懸命に作業員に指示を下し続けている真田に向かって口の周りに両手でメガホンを作ると喧騒に負けない大声で告げた。

「よしっ! それじゃ、ゆきかぜは修理完了だ。 作戦の成功を祈っててくれよ」

「動力回復、急げ!!」

『総員非常マスク着用! 総員非常マスク着用! 放射線防護態勢!』

 激しい混乱と喧騒の中、制帽を片手で押さえ靴音を響かせながら走り去ってゆく古代の背中を魅入られたように見詰めていた真田は、それまでの思いを断ち切るように軽く首を振ると、無意識のうちに握り締めていた折れて汗ばんだ薄い樹脂ファイルに改めて目を落とした。
 そこには、予てより数度に渡り申請していた転属願いが受理されたことを示す地球防衛軍軍令部極東本部よりの転属命令書が挟まっている。

「非常機関の起動を確認! 動力確保しました!」

「直ちに与圧装置を再起動させろ! 急げ!」

 古代。 お前だけを死なせはしないぞ・・・


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


『ドック作業班は、艦隊出航に備え順次不要機材の撤去作業に入れ』

『港湾作業班は、艦隊出撃後のドック放射能除染作業に備えよ。 繰り返す・・・』

 同時刻、極東軍管区各地で生き残っている六ヶ所の地下ドック群と月面基地オニヅカ工廠では最後の決戦へと出撃する艦隊各艦の出航へ向けての喧騒が昼夜の別なく続いていたが、ここ北九州地下大神工廠第六ドック群でも今回の作戦で第一遊撃艦隊旗艦となる宇宙戦艦「えいゆう」への搬入物資の最終的な確認作業が主計科を中心に慌しく行われていた。

「これは、10日分・・・ 平田、補給物資は6日分じゃなかったのか?」

 公式にも非公式にも誰も口には出さないし出せない事ではあるが、防衛軍に関わる全ての者が語られることのない重苦しい空気を分かっていた。
 今回の作戦は元より生還を期すことのない事実上の艦隊特攻であり、一旦母港を出撃したフネが、そして乗組員が二度と再び地球へ帰還することなどありえないというとを・・・

 全ての戦略物資が極度に欠乏した現在の地球にとって、誰も片道などとは口が裂けても言えないが、可能性の極めて低いと言わざるを得ない復路の物資を特攻艦隊へ出すことが難しいのは、防衛軍の絶望的に困窮した現状をいやというほど知り尽くしている主計科士官の二人には常識ともいえる覚めた現実なのであった。

 一瞬とも永遠とも感じられる数秒、それぞれに自身の内心を問い無言で向かい合っていた二人の間に、硬く隠していた感情を僅かに表した一言の言葉に呪縛が溶けたように急激に時間が動き出す。

「補給処司令からの餞別だ! 戦場で戦う者にひもじい思いはさせられんってことだ。
 おかげで、俺たち居残り組は一週間昼飯抜きだけどな」

 内心を隠して無理に明るく笑う北九州地区補給処情報部大神工廠先任主計士官である平田一三佐の引きつった笑顔に、何もいうことができなかった第一遊撃艦隊司令部船務班本庄学主計三等宙佐は、ただ唇を固く引き締めると自らを納得させるように細かく何度も頷いた・・・

 一応は優先的な配給を受けているはずの地球防衛軍でさえ、後方部隊の将兵には満足に規定通りのカロリーを供給できない状態であり、ましてや民間人に至っては連絡の取れる恵まれた主要地下都市でさえ辛うじて表面上は餓死者をだしていない程度・・・ いや、一部を切り捨ててでも守れる市民を守るということしかできないというのが偽らざる実態なのであった。

「すまん・・・」

 片道特攻・・・ いや、片道で十分!
 必ず、必ず火星にたどり着いてみせる! 何があっても!

「いいか、貴重な物資を無駄にするんじゃない。 必ず生きて戻れ! 約束だぞ!」

 苦い笑いを消した平田の真顔の言葉に正面から向き合ったまま、今生の別れとなるであろう宙錬同期の心遣いに何と答えていいか分からず、本庄は自らの心と潤んだ瞳を隠すように眉に掛かる深い海軍式の敬礼を返しながら僅かに短い言葉を詰まった喉から搾り出した。

「・・・分かった」


 今回のガ軍火星基地攻略作戦は、人類の絶滅を避けるために残された最後の僅かな可能性なのだ。
 人類を苦しめている遊星爆弾の発射指令基地を破壊すれば、これ以上の放射能汚染はなくなる・・・
 その得られた貴重な時間を利用して選ばれた人々を「方舟」に乗せて地球を脱出するのだ。

 しかし地球防衛軍の最高機密であり、旧約聖書ノアの神話から「方舟」との隠匿名称のみで呼ばれ、その存在自体が一握りの上層部以外には防衛軍内部にさえ極秘の内に建造の進められている地球最後の宇宙戦艦は、今回の作戦に参加することによる重大な損傷や喪失を恐れた地球連邦政府の秘密工作とも噂される工事延滞により今だ完成の目処は立っていない。

 さらに、例えフネが無事完成し運良く地球を脱出できたとしても一隻の護衛艦も補助艦艇も伴わない孤立無援の単艦で、300隻を超える圧倒的に強力なガミラス艦隊の厳重な包囲網から逃れ、今だ人類が直接乗り出したことのない未知の太陽系外へ無事に出ることができるのか?
 しかも、もし太陽系外への脱出が成功したとしても、ガミラスの強力な追撃を受けながら一番近い恒星系まででも数百年もかかる速度で、地球人類が生存可能な惑星を不確かなコールドスリープ技術を限界まで使ったとしても乗組員が生きている間に発見するなどということが本当に可能なのか?

 この奇跡の上に奇跡を重ねるような、もはや作戦とも呼べない子供の描く夢物語のような計画が、ガミラスにより追い込まれた暗黒の地下非難都市、その最後の生存空間へも刻一刻と浸透する放射能汚染による絶滅への恐怖に耐え続けるだけとなっている今の地球人類、そして見る影もないほどに陣容衰えた防衛軍に取りうる唯一のものなのであった。


「帽振れ」

『総員、帽振れ〜!』

 夕闇の迫る紅空へと、どこか悲しげにも響く軍楽隊の演奏する勇壮なマーチに送られるように続々と極東軍管区の各地下ドックを出撃していく地球最後の艦隊を力一杯の帽振れで見送る地上の我々には、最早ただ作戦の成功を信じて祈ることだけしかできない・・・

「必ず生きて帰って来い・・・」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと493日・・・ あと493日−
 

 
 Episode 1.2 火星への試練
The cruise to the Mars of distress


「全艦対宙戦闘用具収め」

「対宙戦闘用具収め!」

「被害集計を急げ」

『船体応急急げ〜!』

 つい先ほどまで行われていた激しい戦闘の興奮を引きずる艦内では、司令長官の戦闘停止命令に血走った乗組員の顔にも徐々に生気が戻ってくる。

「各部、用具収め方よし」

「駆逐艦のわけ、はやしも、ふじなみ、戦術リンク接続回復せず・・・ 喪失確定」

「戦艦きりしま、巡洋艦くまの、戦列を離れる」

 永遠に続くかと思われた数十機に及ぶ敵航宙機による執拗で激烈な襲撃も一段落し、日本統合防衛宇宙軍第一遊撃艦隊旗艦である宇宙戦艦「えいゆう」の戦闘艦橋にも極度の緊張が一瞬途切れホッとした空気が流れる中、相原マイコ通信士と佐々木航宙統制官の悲痛な報告が生き残った将兵の弛緩した気持ちの罪深さを攻め立てるように厳しく艦橋内に響く。

「戦艦きりしまより発光・・・ ワレ ダイハ コウコウ フノウ!」

「大破、航行不能・・・」

「きりしまが・・・」

 これまでも二波に渡るガミラス宙母機動部隊による大規模な航宙攻撃で多大な被害を受けていたが、さすがに主力艦であるグローイ級宇宙戦艦 ― これまでの8年に及ぶ過酷な戦いで同級艦14隻を失い、もはや地球防衛艦隊に二隻しか残っていない戦艦 ― の脱落に艦橋内にも厳しい沈黙が広がるとともに更なる損害の報告が追い討ちを掛けるように続く。

「巡洋艦くまの中破。 航行は可能なもよう」

「艦隊防宙直援機。 全機未帰還です・・・」

 M-21742式改グローイ級金剛型として14インチ三連装フェザー砲を連装16インチへとガ軍に対抗して長距離砲戦能力を強化した宇宙戦艦「きりしま」とM-21791式最上型航宙機搭載巡洋艦「もがみ」「くまの」に積み込まれた全16機の艦隊直援航宙隊アルファチームは、圧倒的多数の敵航宙機隊の攻撃から艦隊を守るために身を挺しての激戦を繰り返していたが、この第三波攻撃でこれまで生き残っていた6機の全滅を意味する全機未帰還報告に艦橋内は更なる重い沈黙に包まれた・・・

〈やはり、無理なのか・・・ 俺たちは、ここで全滅するのか?
 どうやっても地球人類を救うことはできないのか?〉

「損傷したくまのは、現時刻をもって艦隊より単艦分航。
 周辺宙域にて、きりしまの生存者と沈没したフネ、航宙機の遭難者を可能な限り救出。
 その後、地球圏へ帰還し地球防衛軍司令本部の直接指揮下へ入れ」

 歴戦の司令長官沖田提督は指揮下艦艇の度重なる損害にも表情一つ変えず快活に命令を下し、通信コムから途切れ途切れに入り続ける巡洋艦「くまの」艦長山南修一佐の猛烈な抗議の意見具申を無視して次に控える戦闘指揮へ思いをめぐらせる。

〈これで脱落したフネは戦艦1隻、巡洋艦3隻に駆逐艦9隻か・・・
 本艦の艦載機を使わなければ航宙機の援護も期待できない・・・
 次の航宙攻撃に耐えられるか? 一機艦は、土方はまだか?〉

 第一遊撃艦隊司令長官の沖田十三宙将は改めて彼我の圧倒的を超える絶対的ともいえる戦力差を思い知らされ、この戦いで失った未来ある数多(あまた)の若者達のことを思っていたが、戦闘中の艦隊を率いる最高指揮官が焦りや弱気の表情を見せるわけにはいかない・・・

〈志願者? 覚悟の上? バカをいうな・・・〉

 胸中を駆け巡る苦い思いとは違い、沖田提督の態度は普段と全く変わりがなかった。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「長官!! 第一機動艦隊より入電あり!
 ワレ有力なガ軍艦隊と交戦中。 です!」

「・・・!!」

「おお〜! やったか!」

「頼んだぞ〜!」

 相原通信士が硬い声で読み上げる第一機動艦隊よりの通信に「えいゆう」艦橋内は一縷の希望に沸き返り、響き渡る歓声に負けない大声での重大な内容の通信報告がさらに続く。

「続いて入電! 敵航宙機多数の大規模な襲撃を受けつつあり。
 ワレ可能な限りこれに耐久せんとす」

 相原通信士による作戦が成功へと向かっている証明となる待ちに待った通信報告にも、沖田提督は只一人変わらず複雑な表情を浮かべたまま身動き一つしない。

「うむ・・・」

〈土方。 貧乏くじを引かせてすまんが、頼むぞ〉

 沖田提督の僅かに生き残った宙練同期である土方竜宙将が司令長官を勤める第一機動艦隊。
 戦力の中心となる主力航宙機隊は遊星爆弾迎撃のため月面基地に残し、最低限の直援航宙機だけを積んだ空の航宙母艦2隻と航宙機搭載巡洋艦2隻を主力とした18隻は、ガミラスの航宙機に悩まされていた地球防衛艦隊が新造された「飛龍」型正規航宙母艦を中心として編制した初めての宙母機動部隊であるが、本来なら新たな地球防衛艦隊の中心戦力として希望となるはずの機動艦隊最初で最後となるであろう任務がこの囮作戦なのは皮肉でしかない。

 第一機動艦隊は航宙機や高速艦艇を中心とした機動戦術を絶対とする敵の考えの裏をかき、沖田提督の第一遊撃艦隊を敵艦隊の強力な航宙攻撃から守るために囮となり、ガミラスの強大な宙母機動部隊を含む火星基地艦隊主力を引き付けてくれているのだ・・・

 これまで続いた果てしない激戦による著しい損耗で、今や彼我の戦力差は質はもちろん数的な優位も失っており、最早まともに正面からぶつかったのでは全く勝機は見出せず、地球防衛軍作戦本部は本来主力であるはずの完成したばかりの正に宝石にも等しい貴重な航宙母艦を中心とする機動部隊を囮として犠牲にすることで、砲戦部隊の遊撃艦隊をガミラス火星基地圏内へ突入させようとしている。

 それについては、最終的には主力とされる沖田提督の第一遊撃艦隊すら囮で、左2万後方6万宇宙キロの欺瞞した別進路を進む第二遊撃艦隊の巡洋艦1隻と月面基地派遣護衛隊群より引き抜かれた駆逐艦8隻に守られた高速輸送艦8隻分の空間騎兵1,912名、いや全艦の乗組員をも合わせた2,301名による火星への強襲揚陸と地上部隊による敵基地への直接攻撃が地球防衛軍の真の狙いであった。

 この常識の裏をかいた作戦は、地球防衛軍司令部作戦本部参謀の加美二等宙佐が20世紀に行われた第二次世界大戦での日本海軍作戦をヒントに立てたもので鋭い閃きを感じさせるが、作戦の成否に関わらず残り少ない全ての防衛軍艦艇と人員をすり潰すことになる圧倒的戦力差から来る刹那的な作戦であることに変わりはない。

〈負けるわけには断じていかない・・・〉

 地球防衛軍に残された機動的に使える全宇宙戦力を注ぎ込んだこの作戦の失敗は、直接的に地球人類の絶滅不可避を最終的に決定付けることを意味するのだ。
 この作戦に直接参加した全58隻の4,000名を越える艦隊乗組員と空間騎兵隊員の全ては、もとより避けられないであろう自らの死をも覚悟して今回の悲壮な艦隊特攻作戦に志願していた。 各員それぞれの守べき人の目前に放射能汚染による死の危険が迫っているのだ・・・


「作戦ノ成功ト、無事ナル帰還ヲ心ヨリ祈ル・・・」

 重傷者を乗せて地球へ帰還する傷付いた巡洋艦「くまの」からの発光信号と、動くことのできない重傷者を除く総員の登舷礼を受けながら、太陽系内惑星空間を一路300隻を超える強大な敵艦隊の待ち受ける火星域に向けて航行するのは、宇宙戦艦「えいゆう」に護衛艦である巡洋艦「やはぎ」、駆逐艦「ふゆづき」「すづつき」「いそかぜ」「はまかぜ」「ゆきかぜ」「あさしも」「はつしも」「かすみ」の全10隻・・・

 これが地球に残された最後の砲戦艦隊なのだ。


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと492日・・・ あと492日−
 

 
 Episode 1.3 火星域会戦(接敵)
Mars region battle - Hostile fleet contact


『艦橋CIC。 重力波変動を感知! 反応近付く!!』

「十一時の方向ECMに感あり、大規模艦隊反応捕捉! 距離ヒトマルマル(1万宇宙キロ)!」

「目標速度フタジュウナナ(27宇宙ノット)!」

 静だった艦橋内に戦闘指揮所からの緊張した報告に続いて佐々木航宙統制官や太田健二郎航宙士の鋭い報告が響き、上官からの命令が届く前に持ち場へと走る乗組員により艦内が急激に慌しくなる。

「光電磁波管制解除! 輻射紋解析開始せよ」

「光電磁波管制解除 輻射紋解析はじめ」

「IFF味方応答信号なし!」

「輻射紋解析よし! ガ軍艦隊と特定!
 形式不明の大型宇宙戦艦ロク(6隻)、ゲルベ級重巡洋艦ハチ(8隻)、クルーザー級巡洋艦ロク(6隻)、デストロイヤー級駆逐艦多数を確認! 加速分離した前衛艦艇群フタジュウハチ(28隻)高速にて近付く!!」

「さらに、後方に小規模な艦隊反応あり! 強襲宙母機動部隊の公算大」

 艦内に鋭い警告音が鳴り響き極度に張り詰めた緊張感が一段と高まっていくが、静かに瞑目する沖田提督の落ち着いた態度に浮き足立った乗組員達も次第に落ち着きを取り戻していく。

〈やはり無事にはたどり着けんか・・・〉

 敵ガミラスの強力な大型航宙母艦を含む火星基地艦隊主力は、今や土方提督の旗艦である航宙母艦「ひりゅう」1隻と護衛艦7隻を残すのみとなった第一機動艦隊が引き付けているとはいっても、残った守備艦隊だけでも沖田提督率いる第一遊撃艦隊の五倍以上の戦力なのだ。

 しかし、これを突破しなくては人類に明日への希望はない・・・

『長距離光学センサーに反応あり。 解析データー送る』

「敵艦を光学管制センサーで捕らえた! 十一時半の方向、距離ヨンロク(4,600宇宙キロ)!」

「ビデオパネルに切り替えろ!」

 圧倒的に強大な戦力を誇る敵航宙機群に一方的に叩かれ続け、膨大な血と血涙を流しながらも立ち止まることなく只ひたすらに火星への前進を続けてきた地球艦隊は、終に敵基地守備部隊であるガ軍砲戦艦隊をこの目で捉えた! 艦橋の全員が息を止めて画像処理中の激しいブロックノイズに乱れる頭上のスクリーンを血走った目で睨み付ける。

〈この敵を突破すれば火星・・・〉

 古武士のような厳つい津田航海長の緊張した顔に僅かに不敵な笑みが浮かぶ。
 絶望の中の微かな希望・・・ もちろん、ここから生きて帰れるという意味ではない。
 第一遊撃艦隊が必要十分に最後のガ軍守備艦隊を拘束することが出来れば第二遊撃艦隊の敵基地突入が成功する可能性がある・・・ 我々4,000人の死が、今までの生が、無駄ではなかったのだという唯一の証明。

「ようそろー メインパネルにデーター転送、アルゴリズム解析中」

「見えた・・・ これが敵」

 全員が注目する中で切り替えられたモニタースクリーンには、周囲の宇宙空間を圧して進む敵艦隊の姿が圧倒的な迫力で映し出されており、覚悟していたこととはいえ艦橋の将兵誰もが想像を遥かに超えるその禍々しいほどの威容に言葉を失った。


「敵艦隊より入電あり! 検疫おわる・・・ 白。
 地球艦隊に告ぐ、直ちに降伏せよ」

「・・・・・・」

 自動的にメインコンピューターから独立した検疫隔離回路でウイルスチェックと翻訳がなされた短い通信電文が目前の通信制御卓モニターに表示されると、全員の視線と意識が集まり異様なほどに静まり返った艦橋に、それを読み上げる相原通信士の良く通る声だけが恐ろしいほどに大きく響く。

〈ガ軍との戦力差は圧倒的だ・・・ しかし、ここまで犠牲を出して今更引き返せるか。
 この戦いには地球人類全ての未来がかかっているのだ〉

「長官。 返信はどうされますか?」

 後ろ手を組んで艦橋中央部に立ち、遥かなガミラス艦隊の方角を厳しい表情で見詰め続ける無言の沖田提督の横顔へ、右舷側の自席から伺うように振り返りながら相原通信士は小さく問い掛ける。

「ばかめと言ってやれ・・・」

 静まり返った戦闘艦橋全員の意識が一身に集中する張り詰めた空気の中で、沖田は内心に渦巻く熱い感情を隠して何気を装い淡々とした返答を背中越しに相原通信士へ返す。

「は?」

「バカメだ!」

 自らを不安を隠しきれない表情で縋るように見詰め続ける相原通信士に、真っ直ぐに揺るぎない決意を秘めた瞳を合わせた沖田提督は、奥底にある自らの消しきれない心の迷いをも断ち切るように決然と命じた。

〈我々は勝つ! いや、何としてでも勝たねばならんのだ!〉

「はっ!!
 発、地球防衛艦隊旗艦えいゆう。 宛、ガミラス艦隊司令船。
 本文・・・
 バカメ! 送レ」

 末端の一兵に至るまで艦隊全将兵の気持ちが沖田提督と同じである。
 相原通信士は怒りを込めて敵ガミラスに返信を叩きつける。

「総員戦闘配置」

「全艦総員戦闘配置!」

 能村次郎戦闘班長が気合の入った復唱とともに非常警報のスイッチを入れ全艦に戦闘配置を伝えるが、文字通りに全人類の命運を賭けた最後の決戦に向けて既に全将兵が自主的に事前配置についており、張り詰めたような空気が充満した艦内に大きな動きはない・・・

『全艦総員戦闘配置! 全艦総員戦闘配置!』

 多くの者にとり最後の晩餐となるであろう戦闘配食された船務班心づくしの貴重な本物の勝栗を炊き込んだ握り飯、そのほのかに残る甘い香りと暖かさに込められた祈りにも似た切なる願い・・・
 それぞれに、その言葉にならぬ思いを深く噛み締めながら、栄養補助用に付け合わされた二切れの人工タクアンとともに満足に味わうこともなく手早く水で流し込むように腹に収めると、改めて全乗組員が各自の部署で目前に迫る自らの死への恐怖と決然と向き合っていく。

「各部、戦闘配置よし」

「艦載機発進」

『ブラボーリーダー全機発進準備よろし!』

「ブラックタイガー隊、全機発艦はじめ!」

 能村二佐の指令とともに、決戦のために温存されていた旗艦「えいゆう」に積み込まれた8機の艦隊最後の戦闘航宙機であるBGR(ボーイング・グラマン・ロッキード)社製の増加試作型XF-96B試製コスモタイガー改が、機体とともに地球防衛軍航宙教導隊戦技研究班ブラックタイガーより引き抜かれた8人のエースパイロットに操られて艦尾の艦載機発進口より次々と発進していく。

 もはや後戻りはできない。


 全人類の運命この一戦にあり・・・


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと491日・・・ あと491日−
 

 
 Episode 1.4 火星域会戦(決戦)
Mars region battle - Decisive battle


「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

 透明な対放射線遮光バイザー越しのパイロットの瞳に、ガミラス機とブラックタイガー隊が相互に発砲するお互いを死へと誘う心を魅了するほどに美しい荷電粒子ビームの煌く光点と、刻一刻と確実に減り続ける残燃料を気遣いながらも全力噴射を繰り返すエンジンの光曳が映り込み、狭いコックピット内にヘルメットのマスクでくぐもった自身の極度に緊張した浅く荒い呼吸音だけが広がっていく。

「ガミラス艦へのターゲティング完了! あと何秒?」

 旗艦「えいゆう」の艦載機として発艦したブラックタイガー隊から、エースパイロット森雪二尉の敵艦の精密座標評定が完了したとの待ち焦がれた報告が旗艦艦橋の佐々木航宙統制官に入る。
 僅か8機の・・・ いや、5機になった第一遊撃艦隊を直援する最後の航宙機は、十倍以上に達する数のガミラス航宙機を相手に鬼神のような激戦を繰り広げ、次々に戦友を失う地獄のような戦場の中で僅かな隙を突くように敵艦に対するターゲットマーカーの評定も同時に行っているのだ。

『艦隊主砲の有効射程距離内まで、あと15秒!』


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「ガ軍艦隊。 艦隊脅威範囲内の巡洋艦ヨン(4隻)、駆逐艦フタジュウヨン(24隻)、全精密測的よろし!」

 尊い犠牲を払いながらブラックタイガー隊は任務を完遂した・・・ 後は艦隊の仕事だ。

「艦隊砲雷戦用意! 艦載機を退避させよ」

「全艦、砲雷戦用ぉ〜意! 最大戦速即時待機!」

「全艦載機、艦隊砲撃戦影響範囲より至急退避せよ!」

 沖田提督の命令に佐々木航宙統制官が復唱してブラックタイガー隊に伝える。

『了解! 離脱します』

 生き残っている4機のコスモタイガー改が四方に散開した後方空間に、大きく映る赤い火星を背景にしたM-21741式グローイ級英雄型宇宙戦艦BBS-225「えいゆう」を中心とする第一警戒航行序列を組んだ地球防衛宇宙軍第一遊撃艦隊10隻の整った隊列が見えてくる。

「航海、右15度変針。 艦隊全速!」

「ようそろー 面ぉ〜舵ぃ〜 針路ぉ〜フタサンフタ・マルヒトマル。 速度第四戦速から全速へ〜」

『機関! 全速〜!』

 津田航海長の旧日本海軍風に抑揚を付けた航海科独特の復唱に、巨大な機械に囲まれ騒音と高熱が充満した狭苦しい機関室に船外服を着用して部下とともに篭った機関長徳川彦左衛門の老練で落ち着いた声がコム端末を通して続く。

「砲術、針路固定後艦隊左舷反航戦となせ!」

「ようそろー 艦隊左舷反航戦用意」

「戻ぉ〜せぇ〜 針路ぉ〜フタサンフタ・マルヒトマル固定〜 現在全速〜」

 津田航海長の冷静で的確な躁艦により、艦隊はガミラス艦隊とほぼ1,500宇宙キロの距離で並行する進路を約1分間ですれ違う正反対方向の空間へ25宇宙ノットの艦隊最大速度で突進していくが・・・

「敵艦隊軌道急変更!!」

「敵前衛艦隊左舷上昇急転舵を行う! 距離ヨンフタ(4,200宇宙キロ)!」

「ガミラス艦の機動、100Gを超えています!!」

 両艦隊は双方反航する状態で真正面から急速に接近しつつあり、先程行われた地球艦隊の右舷への変針で左舷同士を向け合った短時間での突破を狙った反航戦となると思われたが、速度と機動力で圧倒的に勝るガミラス前衛艦隊は信じられないほどの急激な上昇左反転機動を行い、それまでの慣性速度を利用して地球艦隊の火星への進路を遮るように左舷側を圧迫しながら長距離同航戦へと強引に持ち込んでいくとともに、後方を進んでいた艦隊主力は取舵を取って頭を抑える構えである。


「そんなバカな・・・ 信じられん・・・」

「敵艦隊針路ほぼ反転! このままではサンマル(3,000宇宙キロ)付近での同航状態に入ります!」

 まったく次元の違う機動力を見せられては地球艦隊に最早逃れる術もなく、火星方向へと進むかぎり横腹を叩かれ続け、向かう先には艦隊主力が待ち受けるというガミラス艦隊の狙い通りの最大射程距離からの腰を据えての打ち合いとなる最悪な戦闘状況へと陥っていく・・・

「うろたえるな! 左舷同航戦用意となせ」

〈機動戦を重視するガ軍が同航戦・・・
 我々の突破は許さないということか・・・〉

 逆に考えれば、それだけ突破されることを恐れているのか・・・

「距離サンフタ(3,200宇宙キロ)! 相対速度変わらず」

「全艦対艦砲雷戦用意! 目標、左舷10時の同航するガミラス艦隊!」

『10時の方向ぉ〜 同航戦に〜備え〜!』

 太田航宙士の警告に能村戦闘班長は艦隊砲戦の準備を下令し、宇宙空間での軌道艦隊戦の最終的な準備が的確で迅速に進められていく。

「全艦戦闘!」

「せんとぉ〜〜〜!」

 地球防衛軍随一の砲撃名手である南部康雄艦隊最先任砲術士は緊張した面持ちで伊達で掛けているメガネの位置を指で軽く直すと、改めて気を落ち着けて砲撃戦の命令を達する。

『距離3,188・・・ 3,187・・・』

「レーザー光学照準問題なし。 重力場偏差補整確認よし。 各艦入力確認よろし」

〈必ず全弾命中させて見せる!〉

 南部砲術士の気迫のこもった命令で口径36センチ三連装の各主砲塔が重々しく旋回し、遥か左舷方向のガミラス艦隊へその筒先が一斉に指向されるとともに、指揮下各艦の主砲もそれぞれに左舷への旋回を始める。

「本艦の目標は先頭二番艦の大型巡洋艦! やはぎ以下の護衛艦は最も近い駆逐艦を照準せよ!」

「ようそろー 照準目標リンク入力よし。 各艦伝達確認よろし」

 能村戦闘班長の最終的な目標指示で各砲塔の砲撃準備が完成される。

『一番砲塔、準備よろし!』

『三番砲塔、用ぉ〜意良し!』

『四番砲塔、準備良〜し!』

 艦橋に戦意に漲った各砲塔砲手の報告がコム端末から流れ込む。

『二番砲塔ロック解除不能・・・旋回不良! 発砲不能!』

 第一次大改装時に火力増強として増設された戦闘艦橋と一体化された第二砲塔ではあったが、艦橋に射界が遮られないというアイディアとしては良いが元々の無理のある複雑な設計により度々問題を起こしており、先の航宙攻撃による故障で今回の決戦でも左舷へ指向せず艦首方向を向いたままである。

 しかし、時は待ってくれない・・・

「第二砲塔の統一射撃管制を解除」

『第二砲塔、独自管制よろし』

「本艦主砲射撃用意よろし!」

『応急指揮所準備よろし!』

 艦内と戦術コムリンクから入る各艦の報告が次々と重なり第一遊撃艦隊が急速に戦闘準備を完成させていくと共に、艦隊全乗組員の生存本能と義務感とが狂気の狭間で複雑に絡み合った張り詰めた緊張と異常な興奮が頂点へと向かっていく。

「艦隊全艦戦闘用意よし!」


「敵艦発砲!!」

『エネルギー弾急速に近付く。 到達まで・・・フタ秒』

 先行しているガミラス機動襲撃艦隊二番艦である鈍い緑一色のガミラス標準色に塗られたクルーザー型巡洋艦が右舷へ向けた一基の主砲を発砲すると、強力な三条の収束したビームが地球艦隊へ向けて見る間に迫り、圧倒的な射程距離の差を見せ付けるように「えいゆう」の直上を通過して遥か彼方の宇宙空間の闇中へと消えていく。

「敵初弾上方ヨンマル(40メートル)至近!」

「長官!!」

「まだだ・・・ まだ届かん・・・ ギリギリまで引き付けるんだ」

 地球艦隊の主力ビーム兵装である光圧荷電粒子砲(フェザーカノン)では、3,000宇宙キロを超えると加速のために同一電荷に荷電した粒子同士の反発力により急速にビーム収束が甘くなり、補助艦艇といえども桁違いの高い防御力を誇るガミラス艦に有効な打撃を与えることができない。
 全将兵が胃が焼けるほどの厳しい緊張と焦想に包まれたまま、機器の故障を疑うほどに遅く進む時間と目標距離表示パネルを無言で睨み続ける・・・

「ようそろー 砲手、落ち着いて狙え!」

 これから艦隊が放つ一撃に地球で待つ全人類16億人の命運が掛かっているのだ。
 各砲手は手や額の汗をぬぐい、改めて照準を見直し僅かな微調整を行なう。


「主砲有効射程まであと5秒、4・・・3・・・2・・・」

 太田航宙士の読み上げるカウントが一秒ごとに減っていき、これまで続いた幾多の戦闘により、掛け替えのない尊い犠牲と引き換えに知り得た敵艦への有効打撃圏へ入っていくと・・・

「主砲斉発第一射法、打ち方ぁはじめ」

「全艦に主砲斉射下令! 第一射法!」

 沖田提督の最終的な戦闘命令が全艦へ伝えられると、各艦の艦長、戦闘班長、砲術士へと続く戦闘開始を告げる鋭い復唱が艦内を連鎖する。

「主砲、撃ちぃ方ぁはじめ!」

「用ぉ〜意・・・ てっ!!」

 地球艦隊各艦の主砲が一斉に発砲し、暗黒の宇宙空間を切り裂く何本もの鋭く眩いビームが遥かなガミラス艦隊へと真っ直ぐに向かっていくと、伝統の異常ともいえる猛訓練によって神業の域に達するほどの高い錬度を誇る日本艦隊の砲撃は、そのほとんどが目標とする敵艦に吸い込まれるように正確に命中する。

 しかし、見る限りガミラス艦に全く損傷を与えることができない・・・

「どうした!!」

〈バカな? この距離で効果がないわけは・・・〉

 普段は人間コンピューターと呼ばれるほどに冷静沈着な真田技師長の慌てた声に事態の重大性が表れる。

「ガミラス艦の偏向フィールド特性強度が以前のデータと異なっています!」

「以前たって、ついこの間だろう! そんなに早くどうやって・・・」

 無理に無理を通して出撃前日付けで艦隊先任技術士官として旗艦に乗り組んだ真田二佐は太田航宙士の報告に色をなした・・・


 地球艦隊が対応を取る間もなくガミラス艦隊が主砲の第一斉射を行うと、命中精度自体は日本艦隊ほど高くはないが、その圧倒的に強力な砲撃は確実に味方艦に致命傷を負わせていき、実質的に防弾性能など考えられていない防御力の低い護衛の駆逐艦が次々と撃沈されていく。

「味方三番艦爆発!」

「巡洋艦やはぎに命中弾!」

『ワレやはぎ! 機関出力低下! 艦隊追従不能!』

『・・・あさしも・・・ エネルギーラインに引火! もうだめだ・・・助け・・・』

 戦術データリンクとコム通信報告によって艦隊の状況が旗艦艦橋に次々に流れ込んでくるが、突然の甚大な被害に普段の冷静さを失った生の感情が溢れかえり状況が錯綜する。

「左舷後方に被弾! 機関出力低下します!」

「第三、第四砲塔被弾! 動力非常遮断した!」

「機関出力回復急げ!」

 こちらの砲撃は全く効果がなく、敵の第一撃だけで艦隊の1/3の戦力が失われ、艦隊唯一の戦艦である「えいゆう」にも被害が相次ぎ確実に戦力が削がれていく。


「ふゆづき大破! 航行不能、戦列を離れる!」

「くそっ! どうなってる? まったく歯が立たないぞ!」

『味方艦艇損耗率40%』

「・・・・・・」

 内心に渦巻く感情の乱れを心の奥底に仕舞いこみ、唯一の肉親である一人息子が航海士として乗り組む「ふゆづき」の被弾にも眉一つ動かさずに指揮を取り続ける沖田提督。

「敵第二撃接近! 直撃します!」

「第三デッキへ被弾!」

『艦尾損傷! シアンガス発生! レーダー動力喪失!』

 耳を圧する轟音とともに大口径ビームの被弾により「えいゆう」の3万トンに迫る船体が大きく傾き、慣性制御の限度を超えた激しい衝撃に艦橋でもバランスを崩して倒れる人員もでるが、船体左舷艦尾上部では艦腹に大きく破孔が生じると、そこから艦内の空気とともに機材や乗組員が真空の艦外に吸い出され、深く傷付いた被弾区画内には膨大な投射エネルギーにより無数の激しい火災が発生する。

「後部誘導弾弾庫内異常加熱!」

「ダメコン急げ! 隔壁閉鎖!」

「左舷艦尾14番隔壁閉鎖!」


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「待ってください! まだ、中に部下がいます!」

『猶予はない。 収容急げ!』

 冷酷に告げられた艦橋からの命令にコム端末を乱暴に戻した根元三尉は、10メートルほど前方の配電パネルの隅に張り付いている同郷の兵士に声を枯らして叫び掛けるが、猛烈に排出される艦内空気の流れにどうしても近付くことができない。

「堤一士! 待ってろ、いま助けるぞ!
 おい! ロープを探してこい!!」

「根元三尉・・・」

 パネルの端から激しい気流に逆らって僅かに顔を覗かせた堤は、火災で真っ黒く焼けた顔に白い歯が一瞬覗く爽やかな笑みを浮かべると、一面灰色の壁面に設置されている黄色いパネルに赤く光る非常隔壁閉鎖ボタンを、透明樹脂製の防護カバーとともに焼け爛れた手で自ら叩き押した。

「有難うございます。 三尉、御武運を・・・」

「堤ぃ〜〜〜!!」

 通路に響く警告音に二人の声が遮られ、降りてきた気密隔壁により艦内と隔てられた空気が抜けて行くとともにブロック内の音が徐々に消えていき、異様に感じる不思議な静寂と時間の中、電気火災の予想を超える高温により耐火塗料までもが燃える火災が無音で艦内に広がっていく。

「バカやろ・・・ まだ、17だぞ・・・ 死ぬには早すぎる・・・」

「広域ガス消火待て!! 生存者だ!」

 激しく燃え盛る地獄の炎と、互いに見詰める幼さの残る顔との視界を無常にも遮った熱い隔壁に、力尽きたように静かに己が背を預けて崩れた根元三等宙尉の全身に、辺り一面に残る火災とともに応急作業に駆けつけた男たちにより一面に真っ白に霞むよどの消火粉末がぶちまけられる。

「主幹動力回路チェック! 復旧急げ!」

「急げ! 火を消せぇ〜!! 火を消すんだ〜!!」

 応急作業班として艦内の消火に当たる、斉藤二尉をはじめとした強化戦闘服に身を固めた空間騎兵隊を中心とする男たちによる懸命の消火作業にもかかわらず艦内に発生した火災はなかなか収まらない・・・
 次第に艦内の戦闘航宙に必要な重要システムがダウンし、戦艦としての戦力が徐々にではあるが確実に低下していくのを誰にも止めることができない。


「だめだ、もうこのフネでは奴らには勝てない・・・」

 ついに沖田提督の口からも弱気な言葉が漏れるのであった・・・


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと490日・・・ あと490日−
 

 
 Episode 1.5 火星域会戦(壊滅)
Mars region battle - Fleet annihilation


『巡洋艦やはぎ戦術リンク喪失、撃沈!』

「航海長戦死!」

「第一砲塔沈黙!」

 指揮下の護衛艦はもちろん、旗艦「えいゆう」にも次々と敵弾が命中し、バイタルパート(最重要防御区画)の一角として強固な防御が成されている艦橋にも被害が発生する。

「能村! 替わって舵を取れ」

「南部! 能村と替われ」

「戦闘班長、舵を取ります」

「砲術士、戦闘指揮替わります」

 相次ぐ著しい艦艇と人員の損害に情報が錯綜し混乱する艦橋の中で沖田提督は懸命に的確な指揮を取り続けるが、次第に旗艦「えいゆう」はもとより艦隊全てが戦闘不能へと陥っていくのを誰にも押し留めることができない。


「第一機動艦隊より緊急入電!
 発、ちくま。 ワレ全宙母喪失、作戦終了す。
 本艦は残存艦の撤退援護を行う。 です・・・」

(土方・・・)

 相原通信士が沈痛な表情で読み上げる長距離バースト通信電文に戦闘艦橋の全員が重く押し黙るが、感傷に浸る間もなくさらなる厳しい情報がもたらされる。

「ガミラス艦隊変針! 急速に近付く!」

「このままでは包囲されます!」

 太田航宙士の報告に真田技師長の切迫した状況判断が覆いかぶさる。

「友軍艦艇は、あと何隻残っているか?」

「はっ! 本艦のほか戦闘可能な護衛艦はDDS-117ミサイル艦ゆきかぜ1隻であります」

 倒れた佐々木に替わって航宙統制官任務をも兼任する真田技師長の現状報告に、沖田提督は最後の決断を下すしかなかった。

〈無念だ・・・ 第二遊撃艦隊突入までの時間を稼ぐことはできなかったか、
 土方に地獄で何と詫びればいいのか・・・
 期待してくれた人々に何と詫びればいいのか・・・〉


「そうか・・・ もうこれまでだな、撤退しよう」

 沖田提督は静かに、しかし頑として命令を下した。

「長官! 逃げるんですか!!」

〈ここで撤退してはこの戦いで死んだ全員が・・・
 囮となった第一機動艦隊の尊い犠牲が・・・
 全地球人類の最後の僅かな希望が・・・
 全てが無になってしまうんです!〉

 真田技師長が、普段の醒めた態度からは想像もできない血相で激しく沖田提督に詰め寄る。

「このままでは自滅するだけだ!
 命令!! 第一遊撃艦隊は現時刻にて作戦中止! 撤退する!」

 改めていわれるまでもなく、真田だけではなく艦隊の全将兵が分かっているのだ。
 最早、このまま戦い続けても万に一つの勝算もないことを・・・
 そして、それ以上にこの敗北が人類の絶滅を決定付けることを・・・

「全艦16点回頭! 戦線より離脱する!
 通信、第二遊撃艦隊にも打電せよ」

〈逃げの沖田か・・・〉

 静まり返った艦橋に沖田提督の命令が場違いにこだまする・・・
 男達の隠しきれない嗚咽が非常灯に染まった艦内に充満していた・・・

『全艦撤退、速やかに戦線を離脱せよ! 全艦撤退、速やかに戦線を離脱せよ!』

〈救えなかった・・・ 何一つ救えなかった・・・ 全てワシの責任だ・・・〉

「古代、ワシに続け!」
 


 その旗艦艦内の空気を切り裂くように「ゆきかぜ」古代艦長からの通信が入電する。

『沖田提督。 味方を置いては行けません!』

 戦闘宙域には、航行不能状態の「ふゆづき」がいるのだ。
 ともに死戦をくぐった戦友たちが生きて助けを必要としているかもしれない・・・
 正義感の塊の古代守には味方を残して撤退することなど死んでもできなかった。

「いいか古代。
 ここで全滅してしまっては地球を守るために戦う者が居なくなってしまうんだ・・・
 明日のために今日の屈辱に耐える。 それが男だ!」

〈沖田さん。 息子さんを見殺しにする気ですか・・・〉

 古代は口元まで出掛かった言葉を無理に飲み込み、ブロックノイズに乱れるモニターに映る沖田提督を正面から真っ直ぐに見据えると激しく反論した。

『提督! 男だったら、戦って戦って戦い抜いて、
 一つでも多くの敵を道連れに死ぬべきじゃないんですか!!』

〈我々には、もう下がる場所なんて何処にもないんです・・・〉

 古代艦長は「ゆきかぜ」が損傷した慣性制御の修理未了により最初から地球帰還が不可能な状態であることは沖田提督にも一言も話さず、今回の出撃前に病気退艦した一名を除いた22人の全乗組員とここ火星が全員の死地と決めていた。

「古代! 分かってくれ!」

〈古代は人類の希望なんだ。 方舟の艦長として君が必要なんだ〉

 沖田も本当の自身の思いを口には出せず、また例え出したところで古代の決心は変わらないだろうことも長年の付き合いから分かり過ぎるほど分かっていた。


「針路変更。 ようそろー」

「180度回転完了ぉ! 機関全速!」

『機関! 出力一杯!』

「長官! ゆきかぜ反転せず!!」

 避けられないものと覚悟していた自身の死を目前にした極度の緊張から突然開放されて弛緩した空気の中、太田航宙士の思いもしない報告に静かだった艦橋内にざわめきが一気に広がる。

「古代?!」

『沖田さん。 自分はどうしても逃げることができません。
 地球のことをお願いします。 真田、後を頼んだぞ!』

 軍令上も認めることは決してできないが、真田にも古代の真意が痛いほど分かっていた。
 撤退するといっても戦力速度で圧倒的に勝るガミラス艦隊を傷付き速度の落ちた、たった二隻の残存地球艦隊が振り切ることなど実際には不可能であるし、遅かれ早かれ追撃を受けて全滅するだろう・・・
 「ゆきかぜ」と21名の犠牲で戦艦1隻と多数の人員が救われるのなら悪い取引ではない・・・

 それに、ここで反転して地球への帰還針路を取るといっても、修理未了の慣性制御システムに連続的な高負荷を掛けることになる大角度旋回頭を行うことのできない「ゆきかぜ」の現状では、前方に存在する大質量 ― 火星の引力を利用しての変針と重力加速 ― によるスイングバイを狙うしか方法がなく、万に一つの可能性どころか奇跡ともいえることとはいえ、古代たち乗組員全ては自らもが生きるために残燃料全てを使った火星への全力突入を続ける。

「バカなことを言うな! 古代!!」

 真田の絶叫に答えることもなく、ただ一隻で戦線に踏みとどまり旗艦の盾となるように敵艦隊へ向かっての加速と全力砲撃を続ける「ゆきかぜ」にガミラス艦の無数の砲撃が次々と迫り、誘爆を避けるために有効誘導射程外からガミラス艦隊本隊の概略方向へ残った数発の反陽子誘導弾を発射すると、終に全艦火達磨となりながら重力に引かれるように針路を曲げると火星へ向かって落下してゆく・・・


「古代。 死ぬなよ」

 沖田にも古代の真意は痛いほどに分かっているが、ガミラス火星基地攻略作戦が事実上失敗に終わった現状では、ここで全ての艦艇と将兵を失うわけにはいかない・・・

 沖田提督の血の滲むような思いが口から漏れる・・・


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと489日・・・ あと489日−
 

 
 Episode 1.6 滅びへの道・・・
Fate which goes to extinction...


「地球帰還への最終軌道修正・・・ 現在距離1,800宇宙キロ、大気圏突入まで約4分です」

「遊星爆弾確認! 弾数三発! 左舷後方より近付く!」

 地球防衛艦隊最後の激戦地となった火星宙域は彼方に去り、進撃途上で損傷帰還した「くまの」を除いて、第一遊撃艦隊ただ一隻の生き残りとして地球への帰還途上にある廃艦とみまごうばかりに傷付いた宇宙戦艦「えいゆう」の左舷横を数発の不気味な直径200メートルほどの遊星爆弾が追い越していく・・・

「G7(100万トン)級。 いずれも大型です!」

「現在距離、マルマルサンヒト(3.1宇宙キロ)! 左舷側を通過・・・今!」

 深く傷ついた「えいゆう」の静まりかえった艦内でも気密が確保され電路が生きている各所に警報と各種報告が空しく木霊する中、艦橋で生き残った沖田提督以下、真田技師長、南部砲術士、太田航宙士、相原通信士の5人は何もできない悔しさに目を血走らせて血が出るほど唇を噛み締めていた。

「本艦全砲損傷! 発砲不能!」

「誘導弾! 全数射耗!」

『艦載機! 全機航宙不能!』

 刀折れ矢尽きた「えいゆう」に代わり、月面基地に残された3個航宙隊36機の爆装されたF-96コスモタイガー戦闘航宙機が、接続された高重力環境打上げ用ブースト機関と大型超電磁カタパルトの力により驚くほどの加速で遊星爆弾の終末迎撃に向かう。

「遊星爆弾、針路変らず! 防宙迎撃隊接触まで15秒!」

「・・・・・・」

 各機懸命に攻撃を行うも一段と強化大型化された遊星爆弾を機載兵器で撃破することができず、思い余って体当たりする機も現れるが、破壊された遊星爆弾も数個に分裂しただけで何事もなかったように地球の重力に引かれて加速すると次々と茶色い地表で爆発し更なる放射能を撒き散らした。


「だめだ。 もう今は防げない・・・ 我々には、あの遊星爆弾を防ぐ力はない。
 あれが我々の母なる地球の姿だとわな・・・」

 今回の作戦に遊星爆弾の最終迎撃任務についていた月面基地所属の三個駆逐隊8隻の駆逐艦をも全艦引き抜いた地球防衛軍には、もはや100万トンを超える大型の遊星爆弾を防ぐ手段は残されていなかった・・・

 艦橋の透明な硬化テクタイト越しに火星のように赤く干上がりクレーターだらけになった、生命の息吹も感じられない死にかけた断末魔の叫びを上げているような変わり果てた地球の姿が大きく映し出される。
 


 時に西暦2199年。 地球は今、その最期の時を迎えようとしていた・・・

 21世紀の初め以来、宇宙侵略を着々と進めてきた謎の宇宙艦隊は終に太陽系へとその魔の手を伸ばし、地球に対し遊星爆弾による無差別攻撃を加え続けているのだ。

 地球人は地下都市を築き必死に生き延びたが地球防衛軍の懸命の努力にもかかわらず謎の敵艦隊は圧倒的に強力であり、地球人の絶滅か奴隷かを要求して情け容赦のない攻撃を繰り返していた。

 次第に戦力を失っていく地球防衛軍にとり最後の頼みは地球防衛艦隊であったが、強大な謎の宇宙艦隊の攻撃の前に今や地球防衛艦隊は壊滅しようとしているのだ・・・

 遊星爆弾による放射能の汚染は地球表面はもとより地下をも着実に犯し始めていたのである。
 もはや地球に健康な土地はなくなった。
 人類はただその絶滅の時を待つだけなのだろうか?
 明日への希望はないのだろうか?


「見ておれ悪魔め! ワシは命ある限り戦うぞ! けっして絶望はしない。
 たとえ最後の一人になってもワシは絶望しない!」


 

−人類滅亡といわれる日まで、あと488日・・・ あと488日−
 

 
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