「艦隊司令長官入室!
総員敬礼!」
懐かしい艦橋へ6年ぶりに戻ってきた老年の司令長官は、久しぶりに着込んだ堅苦しい司令官用外套の裾を伸ばすようにしながら総員7名の戦闘艦橋クルーの出迎えに、ゆっくりとそれぞれの顔を見返しながら綺麗な海軍式の応礼で答えた。
「今回の第三次大改装で艦橋の設備も提督が居られた頃と大分変っておりますが、基本的に指揮系統は同じですので戸惑うことはないと思います」
「うむ・・・」
〈この擬似端末ってのは慣れないな・・・〉
従来の電磁接触式と物理的スイッチを併用させた入力装置から、ここ数年で軍用装備にも使用されるようになってきた立体空間把握式の擬似空間端末に未だ慣れることのできない宙将は、心の中で溜息混じりにぼやいていた・・・
「大きな変更は、機関が完全なイスカンダル系波動方式の伊式艦本五号波動機関に換装されましたので、主砲は全て正規の直行式14インチ三連装ショックカノンに変更されております。
またそれに伴い、現用のアイオワ級と比べれば小規模ではありますが、波動砲も艦首軸線ショックカノンに変って装備されておりますので攻撃力係数は従来の8,500%と大幅にアップしております」
艦隊副官も兼ねることになる「えいゆう」先任士官である予備二等宙佐の戦闘班長は、本職の技術系の話を嬉々として行うが、近年の技術に疎い司令長官は最低限必要なことのみ記憶するように努めていた。
「速力の方はどうなっておるんだ?」
「はい。
機関出力は140%ほどアップしておりますので加速は上がっておりますが、残念ながら船体強度の問題もあり最大速力自体は32宇宙ノットでほとんど変りません。
また、同じ理由によりワープ機関は搭載されておりません」
副官の説明が続く艦長席から見える前部の各制御席では、今回のテスト航宙に向けての計画と準備がクルーの間で続けられていたが、粗方の準備が整ったのを見て取った司令長官の命令が発せられる。
「分かった。
それでは出師準備に入ってもらおうか。
月面基地で僚艦と合流する」
「分かりました・・・ 出航用意!」
司令長官の命令に敬礼を返した副官の戦闘班長は、よく通る張りのある声で艦橋全員に命令を復唱するとともに全艦に向けて出港準備を命ずる警報スイッチを入れた。
『全艦出航用意! 全艦出航用意! 外郭の気密を確認せよ』
「出航用意・・・ ようそろー
太陽系外周第三艦隊旗艦BBS-225えいゆうより呉コントロール、出航許可願います」
舵を握る航海長の昔から変らない生真面目な通信に、同期の呉軍港航路統制官は規定通りの許可をだすと、くだけた態度の敬礼を付け加えた。
『呉コントロールより、AF03-01。
出航許可します。 どうか安全な航宙を・・・』
「ありがとう。 機関出力上げろ」
「周囲安全確認よろし」
「もやい放てぇ〜」
航海長の操作に答えて機関室では、いささか無理のある配置で苦労させられる波動機関を絶妙にコントロールしているベテランの山崎機関長が、まだ新機関に慣れていない部下の細かい動きをも見落とすことなく規定の出力へとエンジンの回転を上げていった。
『波動エンジン回転正常・・・ 出力1/4』
「抜錨! えいゆう発進」
「ようそろー 抜錨! 慣性コントロール、マイナスへ・・・」
「マルフタ・・・ マルロク・・・ マルキュー・・・ ヒトマルヒト・・・ 船体浮上した」
呉宇宙軍港との最後の物理的繋がりである連絡ケーブルを切り離した「えいゆう」は、船外慣性コントロールによりスムーズに船台を離れると徐々に晴れ渡った青空へ向かって上昇していった。
「両舷バランス正常・・・ 上昇速度、毎秒100・・・110」
「現在高度3,500・・・4,000・・・ 安全高度確認よし」
「ようそろー 両舷微速前進・・・」
* * * * * * * * * * * *
「現在時刻0950。 間もなく会合予定時刻です」
「艦首正面1時方向、1万4,000宇宙キロにレーダー反応!」
巡航速度で5分後に規定座標到着予定という正に旧日本海軍以来の伝統を完全に踏襲した艦艇は、メインモニターの中で徐々に大きくなりながら詳細なデーターが映し出される。
「輻射紋解析。 ゆふづき、すづつき、あきづき、みつづき・・・」
「後方に新たなレーダー反応! 巡洋艦1、護衛艦12・・・ 第43護衛隊群です」
4隻の303護衛隊を前衛に完全な戦闘警戒隊形を取った17隻の戦闘艦は、暗黒の宇宙空間から次々ににじみ出るように現れると、新たにもたらされたガトランティスの新技術より標準規定された高熱反射型の鈍い白色に近い塗装を煌かせた。
「あまり探知距離が伸びておらんな」
〈どうも、白色塗装というのは気に入らんな・・・〉
熱探知妨害などの利点を頭では分かっていても、司令長官の目には、どうみても以前の濃いグレーを基調とした無反射塗装と比べると現行の白鳥のような真っ白い艦体色は欠点にみえて仕方がない。
「第43護衛隊群はレーダー欺瞞フィールドを使用しています。
船体色も実戦では熱光学迷彩を掛けますので問題ありません」
「なるほど・・・ 常在戦場か」
さすがに、この10年で二度も絶滅寸前にまで追い込まれた地球人類には、ガトランティス戦終結から1年を経た現在でも宇宙が平和だなとという考えは浮かんでこなかった。
* * * * * * * * * * * *
「長官。 間もなく訓練予定宙域です」
「うむっ」
303護衛隊の4隻の護衛艦を前衛に宇宙戦艦「えいゆう」を中心とした球形陣を取った全18隻の太陽系外周第三艦隊は、今回の訓練宙域に規定されている小惑星帯に近付いていた。
火星軌道と木星軌道の間に広がる小惑星帯は、地球の存在する太陽系中心部内惑星域を守る防衛帯としてこれまでの戦いでも利用されてきたが、平時となる現在も急速な復興に欠かせない鉱物資源の採集源となるともに地球防衛軍の訓練宙域としても一般的に使われている。
「それじゃ、計画通り頼む」
「はい。 全艦状況開始!」
「ようそろー 訓練プログラム展開よし」
『全艦訓練状況開始! 全艦訓練状況開始! 総員配置に就け!』
地球防衛軍司令本部より伝達された厳封データーを自動的に行われた閉鎖回路での2重のウイルスチェックに続いて各中央コンピューターに展開した艦隊各艦は、コンピューター上の訓練用擬似状況データーに対応しながら実行訓練をはじめていく。
「レーダーに反応あり! 1時方向。距離1万8,000!」
「的速40宇宙ノット! 艦種不明、数およそ20!」
コンピュータープログラムにより艦橋の機器類は実際の状況と全く同じように設定状況を再現しており、訓練に参加している全乗組員にとっても実際に肉眼では敵を目視できないことと被弾による物理的な被害がない以外は実戦と全く違いがないリアルな状況が広がっていく。
「8時やや上方1,200に航宙機多数出現! 急速に近付く!」
「全艦全兵器使用自由! 咄嗟射撃はじめ!」
「前衛隊は右舷へ回り込め!」
対艦隊戦陣形として前衛に配置されていた303護衛隊を突然の近距離戦での混乱から一時的に離脱させ的編隊の側面から攻撃させる命令を出した司令部は、さらに正面の的艦隊が通常兵器で対処不能な戦力だった場合に備えて本隊先頭艦となっている巡洋艦「ゆうばり」へ針路の変更を命じる。
「ゆうばりへ針路変更命令! 本艦の艦首軸線を開けよ!」
「現存的航宙機17! 撃破7! 味方被害軽微!」
「的艦隊捕捉! 距離1万4,000宇宙キロ!
戦艦6、巡洋艦4、護衛艦12、近付く!
さらに後方に、宙母2、巡洋艦4、護衛艦16、確認!」
的艦隊の戦力が明らかになったことで戦闘班長が司令長官の顔を意味ありげに伺う・・・
「うむっ」
片眉を軽く上げて旧知の戦闘班長を見やった司令長官は、コマンダーシートの戦況盤とコンピューターによる的可能行動予測パターンを最終的に確認すると静かに頷いた。
「艦首正面反行戦用意! 主砲斉発第一射法!」
「艦首波動砲通常充填はじめ! 機関最大出力!」
ここ数年の波動機関技術の著しい進歩により、ほとんどの軍用艦の波動機関にはスーパーチャージャー(超高圧縮タキオン再充填装置)が装備され、補助エンジンを使用できない状況や、元々補助エンジン機構を持たない「えいゆう」などでも発揮出力は制限されるが波動エンジンでの動力航行を行いながら同時に波動砲の充填を進めることができるようになっている。
『了解! 機関出力最大よろし! 波動砲充填開始よし!』
〈さてさて、どうなることやら・・・〉
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