「左舷側艦尾に被弾!」
『機関損傷! 出力維持できません!』
機関長よりの致命的な報告に一瞬天を仰いだ近藤提督は、奇妙に感じるほど落ち着いた態度で自ら艦長席のコム端末に触れると指揮下の「きよかぜ」に通信を送る。
「「あぶくま」より「きよかぜ」へ」
「きよかぜカチ(艦長)受信。 近藤さん、大丈夫ですか・・・」
「おお〜 よう燃えとるよ・・・」
自照気味に明るく答えた近藤提督は、次の瞬間口調を変えると最期の命令を発した。
「第31駆逐隊司令に命令! 本艦の救助不要!!
ワレに顧みることなく全駆逐隊をまとめ敵艦隊へ突入せよ!
宮島! 我々の分まで頼む!」
〈近藤さん・・・〉
「くっ!
全艦、全力突入!! ワレに続け!」
機関部被弾により急激に速度の落ちた「あぶくま」は、指揮下の駆逐隊の突入を援護するために自艦を的に敵弾を引き付けるように最大射程での砲雷戦を開始する。
「遠射程誘導弾戦はじめ!」
「全射線全弾連続発射よぉ〜い! 艦隊速度同調発射!」
「全射線発射よぉ〜い良し! ・・・・・・てっ!」
誘導弾発射のために一瞬回避機動を止めた「あぶくま」は、全発射管12射線を使い駆逐艦への補給用も含めた72発の誘導弾を連続発射するが、有効射程外のため突入を続ける駆逐隊の速度に合せた最微速モードで途中の誘導は駆逐隊に期待する。
駆逐隊に速度を同調させるのは、自動発信する欺瞞情報により僅かでも敵艦隊のレーダーを混乱させる目的もあるが、最後の突入時には残った燃料を全力噴射して加速し敵艦隊に先行突入する。
「引き続き本艦は駆逐隊の突入を援護する! 右舷主砲砲戦はじめ!」
「取ぉーり舵!」
「主砲打ちぃ方はじめ!」
「てっ!!」
連装三基の主砲を右舷に向けた「あぶくま」は、次々に命中する敵弾よる被害を無視するように敵艦隊への砲撃を続けるが、巡洋艦の限られた防護力では撃破されるのも時間の問題かもしれない・・・
「我々は絶対に諦めない!」
* * * * * * * * * * * *
「火星まで後ヒトヨンマル(1万4,000宇宙キロ)! 約8分です!」
『9時方向ECM反応! 距離ハチマル(8,000宇宙キロ)!!』
〈くそっ 間に合わんか・・・〉
「艦載機発進用意!」
強襲揚陸艦隊を護衛する最後の盾である3隻の駆逐艦を率いる第14駆逐隊司令「いわなみ」艦長は、今回の作戦のために輸送艦の外部ブースターに臨時係留した各1機のコスモタイガーとカーゴへパイロットを乗り込ませる発進準備命令を出したが、一旦戦場で艦載機を発進させてしまえば着艦機構を持たない輸送艦隊に機体を回収する術はない。
さすがにギリギリまで発艦させる命令を出すのはためらわれるが、突入隊の将兵誰もがガミラス艦隊が追撃に現れた真の意味を分かり過ぎるほど分かっており強襲揚陸艦「みうら」の艦橋も厳しい沈黙に包まれた。
〈護衛隊は全滅か・・・〉
つい10分ほど前まで艦隊を組んでいた戦友たちの命を盾にした行動に答えるには、例え最後の一人となったとしても火星への突入を成功させるしかない。
「もういい! もう十分だ! 我々を射出してくれ!!」
メインパネルに拡大されて映し出される第二遊撃艦隊最後の駆逐艦3隻。 正面より接近しつつある敵艦隊を迎撃するといういうより、輸送艦の盾となるように横隊に広がって死地へと向かう味方艦隊を見ることに耐えられなくなった第一連合空間騎兵団団長の佐山一等陸佐は、隣に立つ「みうら」艦長に噛み付くように叫ぶが・・・
「我々は、あんた方を火星に届けるのが仕事だ!
我々が生きている限り、お客さんには指一本触れさせませんよ」
「しかし、このままじゃ駆逐艦が全滅しちまうぞ!」
「あんた方が命を賭けるのは火星に降りてからだ。
宇宙では我々が命を賭けるってことになってるんですよ」
「敵艦隊、距離ゴーマル(5,000宇宙キロ)! さらに近付く!」
決死と必死・・・ 自分自身が生還を期し難い決死の突撃を行っているのに可笑しな話ではあるが、出したら最期、必死となるコスモタイガー出撃を最後の最後まで迷った挙句であろうギリギリのタイミングでの第14駆逐隊司令よりの通信命令が「いわなみ」より伝えられる。
『いわなみカチ(艦長)より各艦、コスモタイガー発進開始』
「みうらカチ了解・・・ コスモタイガー発進」
復唱を返し航宙統制官に静かに頷きを送る「みうら」艦長の厳しい表情で前方を睨む横顔を、もはや佐山団長も口を挟むどころか瞬きもできずに見詰めていた。
『コスモタイガー発進! コスモタイガー発進!』
「村井二尉。 準備はどうだ?」
全艦に鳴り響く発進警報にかぶさるように唯一の繋がりである細い通信ケーブルを通して送った航宙統制官からの静かな問い掛けに、まだ発艦もしていないコスモタイガーが、まるで10万光年も離れている彼方の世界にいるように感じるパイロットの達観した返事が返ってくる。
『発進準備完了です! 短い間でしたが、色々とお世話になり有難う御座いました』
「うむ・・・ たのむ・・・」
また一人、若者が死地へと向かう・・・ 作戦上許容しうる損害と報告書では表されることではあるが、現場で直接命令をやり取りする個人にとっては簡単に割り切れる問題ではなく、命令として送り出す航宙統制官も滲む涙を見せまいとするのが精一杯であった。
一瞬の間を置いて、ケーブルが切り離される小さく鈍い振動が静まり返った艦橋へも微かに伝わった・・・
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