「島! 針路反転! 右砲雷戦用意!」
「ようそろー! 180度コースターン! 取舵一杯!」
「全艦! 右舷対艦戦闘!」
「せんとー!!」
左回頭により「ひりゅう」「ゆうぎり」「はやかぜ」と只一隻分かれた航宙機搭載巡洋艦「ちくま」は、僅かに残った一基の連装主砲を右舷方向へ向けると、離脱する味方の盾となるべく戦艦を含む強大なガミラス艦隊の前に立ち塞がった。
「有効射程に入り次第、長距離対艦誘導弾全弾発射開始せよ」
「対艦長距離誘導弾、目標1から12番へ自動発射設定よろし!」
「敵艦隊。 宇宙戦艦4、重巡洋艦8、護衛艦15!」
「距離サンヨン(3,400宇宙キロ)! 長距離誘導弾有効射程に入る!」
最も小型のデストロイヤー級駆逐艦でさえ地球艦隊の準主力艦といってよい大型巡洋艦「ちくま」と同等程度の戦闘能力といわれる強力なガミラス艦隊に対して只一隻で何分・・・ いや、何秒時間を稼げるのか? しかし、例え僅かな時間だとしても戦友を救うため何としても「ゆうぎり」と「はやかぜ」の撤退を援護しなくてはならない・・・
恐怖、不安、諦め、使命感・・・ 人間の感情など感じることもなく設定されたプログラムに従い自動的に発射を開始した長距離誘導弾により艦隊戦の戦端が開かれたが、ほぼ同時に敵艦隊からも戦艦による遠距離主砲攻撃が開始され、「ちくま」の周囲を次々に強力なビームが至近弾となって掠める。
戦艦主砲の直撃をまともに受ければ巡洋艦など一撃で大破してしまうだろう・・・
「島! 回避自由!」
「ようそろー! くそぉ〜 ミサイル到達まで当たるなよ」
長距離誘導弾を全弾発射し終えたことにより躁艦の自由を得た島航海長は、ランダムに針路と速度を変更しながら敵弾の回避を行うが、次第に敵の砲撃が正確になってきているような恐怖感に流れ出た汗が目に入る。
「誘導弾着弾まで後5秒・・・・・・3・・・2・・・1・・・じかぁ〜ん!」
* * * * * * * * * * * *
『機関停止!! 全動力喪失!』
「生命維持機能作動不能! 総員船外服着用!」
「はやかぜ撃沈されました!」
強大な敵艦隊と只一隻で戦っていた「ちくま」は、何とか敵大口径主砲の直撃だけは避けて戦闘を続けてきたが、全誘導弾を射耗し接近してきた敵の小口径砲を無数に受け次々に戦友を失う地獄となった艦内では、艦医や衛生員たちも全員倒れたことにより重症となった負傷者も医務室前の通路に寝かされているだけであり、無数の遺体や遺体だった物が散乱する凄惨な状況の中で戦闘可能な者も僅かとなっていた。
『亀裂を塞げ! 空気の流失を止めるんだ!!』
『すまん・・・』
想定を超える多数の被弾により補修資材の枯欠した乗組員たちが、船腹に開いた亀裂を塞ぐために涙を呑んで戦友の遺体を押し入れるほどの極限状況へと陥っていた艦内では、全身血で塗りこめたようなハードスーツ(船外服)を着た生き残りの男達が、慣性制御による人口重力の消失した無重力の中で一面に漂う血滴を浴びながら最後まで戦っていた。
「島! 姿勢制御バーニアで位置を変えられんか?!
何としてもゆうぎりへの敵砲撃線を遮断しろ!」
『?! ようそろー 左舷前部バーニア非常全力噴射!』
全武装、動力機関ともに破壊され完全に戦闘能力を失った「ちくま」は、ハードスーツ着用の時間もなく緊急非常用の酸素マスクだけを付けた艦長の命令により戦闘宙域より脱出しつつある「ゆうぎり」を何としても救うべくジリジリと自ら敵戦艦の主砲軸線上に割って入っていく・・・
『ゆうぎりに敵弾集中!!』
『敵主砲軸線上に入ります!』
これまで島航海長の巧みな躁艦により紙一重で避けてきた敵大口径砲の集中射を、その島自身の躁艦により自ら浴びた「ちくま」は凄まじい轟音とともに一撃で全艦火達磨となり、破壊された船体の一部として艦内各所で命懸けの補修作業を続けていた男たちをも宇宙空間へ吹き飛ばすとともに、艦橋内にも高い耐熱性を持つハードスーツを着ていても耐え難いほどの熱気が一気に充満した。
「総員離艦! 速やかに脱出しろ・・・」
『艦長!!』
「オレはいい・・・早く脱出しろ・・・ 脱出するんだ・・・」
艦橋内を突然襲った耐熱樹脂部品が燃え上がるほどの恐ろしい熱気をはらんだ爆風により、僅かに体を守る耐火性の制帽と酸素マスクの飛ばされた艦長は、むき出しの髪は一瞬で焼け落ち皮膚は爛れ視力を失った状態の中で微かに残った意識を気力で保ち、駆け寄った島に焼けた喉から絞り出すように最後の命令を小さく繰り返すと言切れた。
〈艦長・・・〉
『総員離艦! 急ぐんだ!』
心の底から溢れるように湧き上がった人間的な感情を強引に封印すると、艦橋で生き残っている最上級者として島大介三佐は艦長の遺した最後の命令を繰り返し、無重力下に体を固定するベルトにより艦長席に座ったまま倒れた指揮官に最後の敬礼を素早く捧げ、生き残った全員の脱出を確認すると燃え盛る艦橋を後にした。
* * * * * * * * * * * *
〈残り25分・・・〉
「次郎・・・ 次郎・・・ 次郎・・・」
非常脱出ポットの残酸素も残り30分を切り、徐々に増加する催眠物質により意識が遠退き一段と長く感じる時間の中、島大介は地球で待つ一人息子の名前をうわ言のように繰り返していた。
『ピピッ・・・
こちら、地球防衛軍日本統合艦隊巡洋艦くまの・・・ 生存者は応答せよ。
繰り返す、生存者は直ちに応答せよ』
それまで自身の心臓の鼓動音しかなかったポット内に突然の驚くほど大きく感じるキャッチ音に続いて音声通信が入り、自動的に救出準備モードに切り替わった非常脱出ポットからは催眠物質に変わって覚醒物質が出されることにより島の意識も徐々にハッキリしてきた。
〈くまの・・・? 第一遊撃艦隊所属艦がなぜ?〉
『これより非常脱出ポットの救出作業に入る。 もう暫くの辛抱だ。
酸素残量が10分を切っている者は、応答スイッチを3度押すようにせよ』
「生き残ったのか・・・」
意識の覚醒により若干体が動くようになった島は、手元にある応答信号のスイッチを入れて放心したような安堵感を感じていた。
* * * * * * * * * * * *
「艦長。 非常脱出ポットからの応答信号38を確認。
その他救命ビーコン143の生命反応確認中です」
「レーダーに大破状態のちくま、ゆうぎり、すずかぜを感知。
全艦エネルギー反応はありません・・・」
「感知した各艦には救命艇を派遣し生存者を確認せよ。
本艦は直ちに非常脱出ポットの収容作業を開始する。
酸素残量の少ない者が多い。 急げ! 時間がないぞ」
沖田司令長官の「遭難した生存者を可能な限り救出」という地球帰還への付帯命令を最大限に拡大解釈して第一機動艦隊の戦闘宙域へやって来た「くまの」は、艦長である山南修一等宙佐の指揮の下、全滅した第一機動艦隊から僅かに残った生存者の救助を開始した。
「ガ軍との戦闘は、まだまだ続く・・・ 我々は最後まで戦う!」
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