波動砲は砲口が塞がれ、全兵装を破壊されたヤマトは既に廃艦と呼んでよいほどに破壊されており、艦内には全ての警報が鳴っているような喧騒に満たされていながら奇妙な静寂を感じさせる重苦しい雰囲気が広がっていた。
ヤマト艦内で生き残っている乗組員の間にも、ともに過ごした多数(あまた)の戦友を失いながらも成し遂げた一年に迫る長く苦しかった旅の意味が目前で波を受けた砂楼のように脆くも崩れていくのを止めることができない、もはや成す術がない虚脱感と重苦しい空気が漂っており、全員が一言も発しない異様な沈黙が続いていたが・・・
「真田さん! ワーププローブは残っていますか?」
「ワーププローブ? そうか、やつの座標に打ち込めば・・・」
古代の問い掛けに科学に対して天与の才能を持つ真田技師長は全てを理解した。
ワープ航法にとってワープアウトした空間に他の物体が存在するというのは悪夢であり、絶対に避けなければならない基本中の基本であるが、逆に利用すれば一つの時空間を二つの物体が重なって占めることによる重時空反応は反物質との対消滅反応より桁違いのエネルギーを放出する究極の爆発となり、これで破壊できない物などこの世界に理論上も存在しない。
「しかし、こんな近距離で次元反応爆発があれば地球も只では済まんぞ!」
「ワーププローブ発射と同時にデスラー艦と地球の間にヤマトをワープさせます」
「ヤマトを盾にするのか?!」
驚いて振り向いた島航海長の言葉に静かに頷いた古代に、直感的にエネルギー計算を行った真田技師長は顔色を変えて反論を行う・・・
「そんな爆発エネルギーにはヤマトだって耐えられんぞ!」
数百宇宙キロという天文学的には極至近距離で数十ベガトンと予想される膨大な核反応による衝撃と猛烈な放射線を受ければ、どう楽観的に考えてもヤマトや乗組員が無事ですむとは思われない・・・
「それで地球が救われるなら文句はないでしょう・・・
たとえそこでヤマトが沈んだとしてもガミラシュームは地球に降り注ぎます」
地球のロッシュ半径軌道内でヤマトが撃破されれば、その破片とともに倉庫に積み込まれているガミラシュームも最終的には地球の引力に引かれて地表へ落下する。
「地球は救われる、か・・・ そうか、そうだな・・・」
古代の決意と全てを理解した真田技師長は爽やかな笑顔を浮かべると、古代を見詰め何度も頷いた。
〈大きくなったな、古代〉
「やろう! 古代!」
何としても地球を、愛する人を救う。
例えそれが僅かでも可能性があるなら命を掛ける価値がある・・・
真田技師長は火星域会戦での古代守の姿を古代進に重ね合わせていた。
「古代さん!」
「艦長代理!」
「古代!」
真田技師長に続き周りに集まった第一艦橋のクルーを一人ひとり見詰めていった古代は、最後に航海長席に座る島と手を取り合って頷き合う。
「しかし、みんなが必要以上に危険にさらされる必要はない。
作戦に最低限必要な人員以外は中央居住区に退避するんだ」
「これほど精密なワープは俺にしか出来ないぞ」
古代の手を取ったままの島航海長は当然のように笑顔のまま力強く宣言する。
「艦長代理! 俺の航路計算がなくちゃ航海長でも無理ですよ」
「ワーププローブの制御は任せてくれ」
「技師長。 俺がターゲティングしますよ」
島航海長に続いて太田航宙統制官、真田技師長、さらにブラックタイガー隊の加藤が志願するが、島航海長が驚いて反論する。
「加藤! それは無茶だ!」
「べつに死にに行くわけじゃない。 最後はヤマトの影に入るさ」
島航海長の反論に軽口を叩くように気楽に答える加藤に被さって、空間騎兵隊の斉藤が真田技師長へ向かって話し掛ける。
「俺は艦内じゃ役立たずだけど・・・ 技師長! これを乗せてってくれよ」
斉藤は首からいつも肌身離さず提げていた角の少し焦げた八幡様のお守りを外すと、少し照れながら真田技師長へ手渡した。
「火星域戦の地獄で俺を守ってくれたんだ、効き目は折り紙付きだぜ」
火星域での戦闘で97%以上という信じられない戦死者を出した空間騎兵隊の生き残りである斉藤からのお守りに、普段は迷信など信じない科学者の真田技師長も神妙な表情で受け取った。
「斉藤・・・」
斉藤と力強く握手した真田技師長は、受け取ったお守りを首に掛けると斉藤に笑顔を向けて頷いた。
『艦橋機関室。 ワシが漕がなきゃフネは進まんからなぁ』
「徳川さん・・・」
第一艦橋での会話に被さって、機関室からは無数の被弾により不具合が悪化している波動エンジンをどうにか再始動するとともに、ギリギリの状態で何とかコントロールしている徳川機関長の笑いが混じった連絡が入る。
* * * * * * * * * * * *
「おやっさん! 自分達にも手伝わせてください!」
「お前たち・・・」
艦橋との連絡を終え、洗いざらした制服から真新しい上衣へ着替えたところへ突然運転室へ飛び込んできた藪たち若い機関員を驚いたように振り向いた徳川機関長は、ふっと優しい笑みを浮かべて共に戦ってきた部下達を見詰めると静かに顔を横へ振った。
「いいか・・・
これからの地球は、お前たち若い者が背負っていかなきゃならん。
いいから、ここはワシにまかせろ」
「おやっさん・・・」
「おい、おい、泣くやつがあるか・・・ 何も死ぬと決まったわけじゃないんだ」
着慣れないプレスの効いた制服上衣の袖をいつものように無意識に捲り上げながら、男泣きする部下達を見詰める徳川の瞳にも零れ落ちそうな涙が溢れていた・・・・
「・・・・・・」
「いいから、さっさと中央居住区へ行くんだ・・・ これは、命令だぞ」
* * * * * * * * * * * *
「古代さん! 自分も・・・」
「南部! お前は中央居住区に残る人員の最上級者だ。
もし俺たちが倒れたら、お前がヤマトの指揮を取るんだ! 頼んだぞ!」
思い詰めたように申告する南部砲雷長に対して頷いた古代は、ずっと直属の部下として苦しい旅を過ごしてきた南部の両肩に手を置くと穏やかに諭すように語り掛けた。
「艦長代理・・・」
ヤマトの主砲をはじめとした主要兵装の製造にも深く関わった南部重工業の御曹司として育った南部康雄にとって古代は生まれて初めて区別なく接してくれた人間であり、その言葉に黙って頷くメガネの奥の両目には涙が滲んでいた。
「うむ・・・
それじゃ、南部は砲術科と宙雷科を使って艦首魚雷発射管と電路の作動を確認。
真田さんは、工作科から人を出してワーププローブの準備をお願いします。
井之上は、船務班全員で乗組員の避難を確認してくれ。
佐渡先生、負傷者の避難を宜しくお願いします・・・」
「わかった・・・」
「何か質問は・・・? よし! 総員掛かれ!」
「了解!」
艦長代理古代の命令でヤマト乗組員のそれぞれが最後の持ち場へ向かうが、特に作業はなく少し遅れて背を向けた斉藤を近付いた真田技師長が呼び止める。
「斉藤! ちょっと頼みがあるんだがな・・・」
「何だい技師長・・・ 改まって?」
「中央居住区へ行く前に中央倉庫へ寄って欲しいんだ・・・」
* * * * * * * * * * * *
(沖田艦長・・・ ヤマトを地球へ戻せず申しわけまりません・・・)
任官以来、乗艦を一度も沈めたことがなかった沖田提督と始めて指揮したその艦を沈めようとしている自分。
この判断が本当に指揮官として最善なのか?
頭の中で繰り返される沖田の言葉をさえぎった古代は、軽く閉じられていた瞳を静かに開く・・・
(意外と広いんだな・・・)
乗組員がそれぞれの持ち場に去り、島航海長と太田航宙統制官の三人だけとなったガランとした第一艦橋を一瞬自分の目に焼き付けるように静かに見渡した艦長代理古代は、続いて自らコム端末を操作すると地球防衛本部を呼び出した。
「地球防衛軍司令本部! 藤堂長官、聞こえますか?」
『こちら地球防衛軍司令本部、藤堂だ。
地球へ向かう大型の誘導弾が見えている。 古代、状況はどうだ?』
さすがに戦闘中の最高指揮官らしく内心の焦りや不安を微塵も感じさせない冷静な声で古代からの通信に答える藤堂長官であったが、続く古代の言葉に思わず声が大きくなる。
「敵ミサイルは我々が何としても迎撃します!
しかし、その結果ヤマトが行動不能になる可能性があります・・・」
「その時は、本部の指令でヤマトを自沈させて下さい!」
『何を言うんだ! 古代!!』
古代の申し出に驚いた藤堂長官は慌てて否定するが、古代の真剣な表情に返す言葉を失っていく。
「我々は全力で迎撃を行いますが大破したヤマトが地球へ落下すれば波動エンジンの爆発で地球は壊滅的な被害を受けてしまいます。 長官! 最期のお願いです! 頼みます!!」
「古代・・・」
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